催眠
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クライアントの問題に合わせて治療方法を極めて柔軟に変化させていたのである[44]。例えば、エリクソンは間接技法(明確に暗示を与えるのではなく、暗示を日常起きる現象に関連付けたり、催眠誘導によって起こる反応を関係のない場面で言ったりして暗示を遠回しに与える技法)を治療抵抗のあるクライアントのみに用いており、通常は直接技法を使用していた。時には権威的な暗示を用いることすらあったという[45]

なお、治療方法を柔軟に変化させたというのは、催眠治療に理論が不要であることを意味するものではない。実際エリクソン自身も、他学派の学者と催眠理論に関する意見を交換していた。高石はエリクソンの態度に関して超理論(transtheoretical)、すなわち従来あった理論を超越しようとしていたのではないかと主張している[46]

エリクソン神話が広まった主な原因として、エリクソンが晩年行ったセミナーが挙げられる。若い治療者の希望に応えて行ったものだったが、その内容は過去の治療成功例をひたすら繰り返すものだった[47]
催眠の原理
概要(状態論派と非状態論派の対立)

催眠の原理に関して、大きく分けて二つの説が存在する。一つは状態論(state theories)、もう一つは非状態論(nonstate theories)である[48][49][50]

状態論とは、「催眠は変性意識状態という特殊な意識状態である」とする理論のことである。非状態論とは、催眠を通常の心理反応の一つとして捉えようとする理論のことである[48][49][50]。定義からわかるように両者の理論は真っ向から対立しており、催眠学界は、状態論派と非状態論派に分裂することになった。この対立に関しては非状態論で詳しく取りあげる[48]

2000年以降、脳の画像診断による催眠研究が進められており、催眠が大脳生理と関連の深い現象であることが示唆されている。しかし、低催眠感受性の被験者には、高催眠感受性の被験者に見られたような脳の反応は見られず、本当に大脳生理が催眠と関係しているのかについては不明である[51]
状態論

状態論の一つとして、ヒルガードが提唱した新解離理論が挙げられる[52]

新解離理論(the neodissociation theory)とは、催眠によって生ずる意図しない行動(例:腕が勝手に揚がる)を心的解離によるものだと主張した理論である。この理論の名称は、ジャネが提唱した解離説から来ているが、ヒルガードはジャネとは異なり解離を正常な反応と考えていた[52]。ここから分かるようにヒルガードの新解離理論とジャネの解離説は全くの別物である。

本理論は、人間の認知システムを複数の認知制御構造と、それらを統括する統括自我に分けて捉えている。催眠によって統括自我に何らかの異常が発生すると、ある特定の認知制御構造は統括自我の管理から外れる(解離)してしまう。これによって意図しない行動が生ずるというのが、新解離理論の要点である[53]

ヒルガードは催眠の鎮痛効果を新解離理論で次のように説明した[54]
催眠暗示によって認知制御構造が統括自我から分離される。

すると痛みは「意識される痛み(顕在痛)」と「意識されない痛み(潜在痛)」に分離される。潜在痛を認知するには、意識の分割によって起こる「隠れた観察者」という存在が必要である。

被験者は顕在痛の部分しか意識的に痛みを感じることは無いため、鎮痛効果が生じる。

非状態論

非状態論に分類される理論として、社会認知理論がある。ただし、社会認知理論は単一の理論ではない。複数の認知心理学、社会心理学の理論から構成されるものである[55]

社会認知理論には、役割取得、課題動機付け、目的志向空想、反応期待といった説が含まれる。このうち課題動機付け説を提唱したのはバーバー(Barber)であり、状態論に真っ向から反論した人物として知られる[56]

課題動機付け説とは、催眠反応が被験者の動機付けによって起こるとする説である。バーバーは課題動機付け説を証明するため、被験者に対し催眠反応が想像によって起こることを強調した上で、誘導者の言葉に集中させる実験を行った。実験の結果、通常の覚醒状態でも催眠特有の反応(腕挙上、のどの渇き、健忘など)が催眠誘導無しに生ずることが証明された[56]。ハーバーはこれを踏まえ「変性意識という概念は催眠反応を説明する上で不要である」と主張した。課題動機付け説で催眠現象を十分に説明できるとしたのである[56]

しかし本説に対し、状態論派から「これでは被験者が催眠にかかった振りをしていても催眠とみなすことになってしまう」という批判が起こった。これに対しスパノスは、被験者は催眠下にあるという役割に集中しており、その上で与えられた課題をこなしているのだと反論した[57]

また、スパノスはヒルガードが提唱した「隠れた観察者」も外部からの指示によって生じていると反論した。スパノスは持論を証明するため、高催眠感受性の被験者を二つのグループに分けて催眠の鎮痛に関する実験を行った。一方のグループにはヒルガードの報告通りの情報を与え、もう一方のグループには先ほどのグループとは逆の情報を与えた。実験の結果、二つのグループには逆の結果が現れた[58]
催眠の歴史
催眠術という呼称と動物磁気説詳細は「動物磁気説」を参照

18世紀の医師フランツ・アントン・メスメルは動物磁気療法を考案した。メスメルは人間や動物の体を動かす磁気力「動物磁気」(animal magnetism) があると考え[59]、動物磁気は磁気を帯びた流体であり、電気や引力のような物理的な力であるとした[60]動物磁気説)。メスメルは動物磁気の不均衡によって病気になると考え、これを操作して病気を治療しようと試みた[59](治療方法はフランツ・アントン・メスメル#治療の手順を参照)。動物磁気療法はメスメリズムと呼ばれるようになったが、これは19世紀のイギリス医師ジェイムズ・ブレイドの造語だとされる。


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