信託
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アメリカ合衆国の中流以上の階層では、相続を円滑に行うことを目的とした「生前信託(living trust)」を作成することが一般的であり、遺言(will)、事前医療措置指示書(advanced medical instructions)、(自己判断不能事態に陥った場合の)継続委任状(durable power of attorney)[16]とセットで「相続対策(estate planning)」として生前に用意することが推奨されている。以下に典型的な例を基に生前信託の概要を述べる。

正常な判断能力を有する単身者または夫婦は自分(達)を委託者とし、相続させたい子孫や近親者或いはその他の者を受益者として、自らを受託者とする信託を作成する。夫婦の場合、委託者と受託者は夫婦の共同名義である。信託は撤回可能信託とし、委託者である本人(夫婦の場合は夫婦のどちらか)が生存中はいつでも撤回・変更が可能である。信託中には、遺産の分配先、分配方法、分配条件などをできるだけ詳細に記す。分配先は現存する人物(子・孫)に限らず、将来の人物(例:××の子で委託者の死亡時に存在するもの)や寄付先を当てることもあるし、また「満25歳に達するまでは必要な生活費のみ、既に満25歳に達しているか満25歳に達した後は全額」などの時間的条件を付けることも一般的である。また、例えば分配先の続柄として「子」を指定するなら、「子」には養子として迎えたもの、養子として他所に出て行ったもの、非嫡出子婚外子胎児などを含めるかどうかの定義や、もし委託者が夫婦の場合どちらが先に死んだかで分配形態が異なるなら、例えば「夫婦両人が30日以内に死亡した場合或いは30日以内に行方が不明となって死亡宣告が成された場合は夫婦はは同時に死亡したとみなして、この信託で遺贈される資産の半分を夫が後に死亡した場合の分配方法で、残り半分を妻が後に死亡した場合の分配方法で…」のような死のあとさきの定義、胎児を分配先に含めるなら「後から死亡した委託者の死後300日以内に出生した者、ただし出生後180日以内に死亡した者を含まない」のように、後日論議を呼びそうな事柄をできるだけ排除するために詳細な定義を書き込む。

委託者兼受託者の信託作成者(夫婦の場合両方)が死んでしまうと受託者がいなくなってしまうので、委託者兼受託者の死後に受託者の地位を承継する「承継受託者(successor trustee)」を予め信託中に指名しておく。承継受託者には多くの場合信頼できる近親者或いは弁護士や銀行や証券会社などの信託部門などを指名し、また委託者兼原受託者の死亡を以て撤回可能から撤回不能信託に変性することを信託中に明記するので、信託作成・委託者(達)の死後は誰も信託を撤回・変更できなくなる。承継受託者には適切な報酬が払われることは一般的である。

信託証書に定められた書式は存在せず、また日本の公正証書遺言などとは異なり、生前信託は公的機関に提出などせずに、作成するだけで効力を持ち、通常はノタリー・パブリックの面前で正常な判断能力を有する委託者が自分の自由意志で署名したことをノタリー・パブリックが証明するスタンプを原本に押して委託者兼受託者の信託作成者本人が保管し、写し・控えを弁護士などの介助者と承継受託者が保管し、委託者の死後に受益者が原本を基に自己の権利を主張するために使う。

信託作成者(委託者)は、信託に実効性を持たせるために以下の名義を信託に変更する。

居住している不動産の名義(title)

証券口座などの金融資産の死後移転受益者(transferable on death (TOD) beneficiary、相続人)

不動産の名義変更を共有(community propertyまたはjoint tenancy with right of survivorship=JTWROS)から信託への変更は実質所有者に変化がないので譲渡には当たらず、登記局に払う数十ドル程度の手数料で済む。夫婦共有(JTWROS)の金融資産口座は問題ないが、IRA(個人退職資金口座)は個人名義であり多くの州では配偶者以外を優先受益者(primary beneficiary)に指名することには当該配偶者の同意が必要などの制限があるので、既婚者の場合は信託は劣後受益者(contingent beneficiary)に指定することが多い。また銀行などの預金口座は通常、信託を相続人として認めないので、死後支払い受益者(payable on death (POD) beneficiary)として個人を指定する。

同時に作成する遺言に「自分の死後は『ジョン・スミス信託』に全財産を遺贈する」と記す。既婚者の遺言では「自分の死後は配偶者××に全財産を遺贈する。ただし配偶者なき場合は全財産をジョン・スミス=ベティ・スミス家族信託に遺贈する」と記すことが多い。

信託の作成者(委託者)の生前は委託者は受託者を兼ねているので、信託中の自分(達)の財産の管理を自分(達)自身に委託している形になり、委託者兼受託者は信託中の財産をいかようにも管理・処分でき、信託の存在は実質何も影響しない。しかし委託者(夫婦で信託の場合は夫婦両人)が死ぬと、信託中の定めにより信託は撤回・変更不能になり、信託で指名された承継受託者が受益者の利益のために信託の指示に従って信託中の財産を管理・処分することになる。

生前信託は遺言による遺産処理と似ているが、以下の点が異なり、生前信託の利点とされる。

生前信託中の財産は裁判所の検認が不要。ほとんどの州では信託外の遺産総額が15万ドルを超えると遺言のあるなしに拘わらず裁判所の検認が必要で、金額や状況により検認には数か月単位の時間と数万ドルの弁護士費用が必要な場合もある。

生前信託による遺贈は非公開。検認は裁判公開の原則により秘密にできない。

その他、以下の点も生前信託の利点と考えられる。

遺言は個人のものなので夫婦の場合それぞれに作成するが、生前信託は夫婦共同のものを作れる。

遺言は遺産の直接的な処分方法しか指定できない「一代限り」の指示だが、生前信託は承継受託者に将来も含めた処分を委託できる。

以上、生前信託は日本の民事信託・家族信託・自己信託と部分的に似ているところもあるが非なるものである。また、アメリカ合衆国の法体系は英米法(コモンロー)に基礎をおいており、夫婦共有財産制(JTWROS、スペイン法の流れをくむ西部の一部の州ではcommunity propertyも)が認められている、相続遺留分がない(ドイツなどの大陸法国家には存在)などの法体系も生前信託と日本の制度の違いとなる(例えば日本の不動産の「夫婦共有」は持ち分を定めたものであり片方の「共有者」の死後はその持ち分は相続の対象になるが、JTWROSでは夫婦は互いに重複する100%の所有権を有し片方の配偶者の死後は生き残った方が自動的に100%の所有権を引き継ぐ)。
脚注[脚注の使い方]
注釈^ : settlor、trustor
^ : trustee
^ : beneficiary
^ a b : use
^ a b : equity
^ 日本の信託法はカリフォルニア州信託法とインド信託法をモデルにしたと言われている。
^ 公益信託は受益者の定めのない信託の代表的な例である。
^ 受益者が特定していない場合または存在していない場合は、受益者に課税することができないため、委託者に課税する。

出典^ 国際信託統治制度
^ a b 渡部亮 ⇒市場経済システムの歴史J (PDF) 第一生命経済研レポート 2009.8
^ 菅原勝伴 1956, p. 4.
^ 劉士国ら 2002, p. 10.
^ 西澤宗英、「フランスにおけるfiducie(信託)立法の試み」青山法学論集38(3/4)、592-624頁、1997年
^ “参議院会議録 第161回国会 財政金融委員会 第8号”. 参議院 (2004年11月25日). 2006年11月11日閲覧。
^野一色直人:生命保険信託と課税.信託研究奨励金論集 36, 2015 (PDF)
^有田美津子:親亡き後も障害者が安心して暮らすために。「生命保険信託」を考える.Hoken Journalより
^ 江頭憲治郎『商取引法〔第5版〕』弘文堂、2009年、528頁。
^ 日経新聞電子版 個人情報の運用一任、利用増へ事業者認定 総務省 2017/8/28
^ 信託法改正に伴う改正 (PDF) 特許庁
^知的財産と信託‐課題と展望 (PDF) 諏訪野 大, 特許研究, No.54, 2012年9月
^平成19年度税制改正パンフレット
^平成19年度税制改正の要綱(別紙)
^ a b c “ ⇒宮本 佐知子、中村 仁「信託と生命保険を活用した資産移転スキーム」” (PDF). 野村資本市場研究所. 2018年9月14日閲覧。
^ “ ⇒財産管理の為の継続委任状”. 2018年11月14日閲覧。

参考文献

菅原勝伴「Use受益權とその史的性格(一)」『北海道大学法学会論集』第6巻、北海道大学法学部、1956年3月、62-92頁、.mw-parser-output cite.citation{font-style:inherit;word-wrap:break-word}.mw-parser-output .citation q{quotes:"\"""\"""'""'"}.mw-parser-output .citation.cs-ja1 q,.mw-parser-output .citation.cs-ja2 q{quotes:"「""」""『""』"}.mw-parser-output .citation:target{background-color:rgba(0,127,255,0.133)}.mw-parser-output .id-lock-free a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-free a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/65/Lock-green.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-limited a,.mw-parser-output .id-lock-registration a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-limited a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-registration a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d6/Lock-gray-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-subscription a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-subscription a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/aa/Lock-red-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-ws-icon a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4c/Wikisource-logo.svg")right 0.1em center/12px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-code{color:inherit;background:inherit;border:none;padding:inherit}.mw-parser-output .cs1-hidden-error{display:none;color:#d33}.mw-parser-output .cs1-visible-error{color:#d33}.mw-parser-output .cs1-maint{display:none;color:#3a3;margin-left:0.3em}.mw-parser-output .cs1-format{font-size:95%}.mw-parser-output .cs1-kern-left{padding-left:0.2em}.mw-parser-output .cs1-kern-right{padding-right:0.2em}.mw-parser-output .citation .mw-selflink{font-weight:inherit}ISSN 04393244、NAID 120000962318。 

「私が関与した特許行政の思い出(2)」 江夏弘(パテント2002 Vol.55 No.4 2001.10.10。


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