伊達紋別駅
駅舎(2018年10月)
だてもんべつ
Datemombetsu
◄H39 長和 (3.0 km) (2.9 km) 北舟岡 H37►
所在地北海道伊達市山下町8-2.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯42度28分9.52秒 東経140度51分22.30秒 / 北緯42.4693111度 東経140.8561944度 / 42.4693111; 140.8561944
伊達紋別駅
だてもんべつ
Datemombetsu
(5.1 km) 上長和►
所属事業者日本国有鉄道(国鉄)
所属路線胆振線
キロ程0.0 km(伊達紋別起点)
駅構造地上駅
ホーム1面1線(胆振線ホーム・旧0番線)
開業年月日1940年(昭和15年)12月15日[3]
廃止年月日1986年(昭和61年)11月1日[3]
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伊達紋別駅(だてもんべつえき)は北海道伊達市山下町にある北海道旅客鉄道(JR北海道)室蘭本線の駅である。駅番号はH38。電報略号はタテ。事務管理コードは▲130307[4][5]。特急「北斗」をはじめとする全定期旅客列車が停車し、かつては胆振線の分岐駅でもあった。 伊達市の代表駅であり、1925年(大正14年)8月20日、国有鉄道長輪東線(現在の室蘭本線)の駅として開設された。1940年(昭和15年)12月15日に胆振縦貫鉄道(後の胆振線)が開業し、同線との分岐駅となった。1986年(昭和61年)11月1日に胆振線が廃止された後は、室蘭本線の単独駅となっている。駅名は当駅の所在する地名が由来であり、伊達の名は伊達成実の後裔である亘理伊達氏当主・伊達邦成とその家臣団が1870年(明治3年)に入植したことから付けられた。1900年(明治33年)に伊達村となる前の地名は紋鼈(もんべつ)であり、字を紋別と変えて伊達と併せ駅名に採用した[6]。
概要
歴史1976年の伊達紋別駅と周囲約1.5 km×1 km範囲。右が東室蘭方面。左は上へ右側が胆振線京極方面、その左側が室蘭本線長万部方面、駅裏から左上端に見える北海道糖業道南製糖所への専用線。駅舎側ホームは左側に胆振線、右側に貨物ホームへの貨物線が引きこまれて、両側で切欠き状になっており、胆振線ホームには2両のディーゼルカーの姿が見える。その左手駅表には胆振線用の転車台と小型の矩形車庫が残されている。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス
1925年(大正14年)8月20日:国有鉄道長輪東線の輪西駅(現・東室蘭駅) - 当駅間開通に伴い開業[1]。一般駅[1]。
1928年(昭和3年)9月10日:長輪西線の静狩駅 - 当駅間開通に伴って長輪東線と長輪西線を統合し、線路名を「長輪線」と改称し、同線の駅(中間駅)となる。
1931年(昭和6年)4月1日:長輪線が室蘭本線に編入となり、同線の駅となる。
1940年(昭和15年)12月15日:胆振縦貫鉄道開業[3]。