詩作は大学卒業の頃より始めた。1932年(昭和7年)、同人誌『呂』を創刊。のち『呂』を離れて、同人誌『コギト』に専念する。1935年(昭和10年)10月5日、処女詩集であり代表作『わがひとに与ふる哀歌』を発行し、萩原朔太郎から「日本にまだ一人、詩人が残っていた」と賞賛を受け一気に名声を高めた[2]。当時日本浪曼派の代表的な詩人としてその機関紙の同人でもあり、評論での保田與重郎と並び同時代に多大な影響を与えた。また日本古典文学やリルケの造詣の深さに由来した、浪漫的で日本的な叙事詩に耽美性を加えたその作風は、少年期の三島由紀夫にも多大な影響を与えた[3]。1940年(昭和15年)には第二詩集「夏花」を刊行。1941年(昭和16年)には三好達治、中原中也、立原道造らとともに、詩同人誌「四季」に参加・交流。蓮田善明とも交流があり、蓮田が最後に出征する際、蓮田の乗った列車を大阪駅で見送っている。
1943年(昭和18年)9月5日に第三詩集「春のいそぎ」を刊行。1947年(昭和22年)に第四詩集「反響」を刊行。1953年(昭和28年)3月12日、肺結核のため大阪府河内長野市の国立病院長野分院(現:国立病院機構大阪南医療センター)で死去[4]。死後まもなく「反響以後」が刊行された。戒名は文林院静光詩仙居士。
忌日に近い3月末の日曜日には、菜の花忌として顕彰。諫早市の伊東静雄顕彰委員会によって、現代詩を賞する伊東静雄賞が設けられている。
作品
詩集
『わがひとに与ふる哀歌』(杉田屋印刷所、コギト発行所、1935年)
復刻版、 日本図書センター 2000年2月、竹林館 2003年、学研プラス 2019年。
『夏花』(1940年・北村透谷賞受賞)
『春のいそぎ』(1943年)
『反響』(1947年)、復刻 竹林館 2005年
関連文献
著作
『伊東静雄全集』(全1巻)、桑原武夫・富士正晴・小高根二郎編、人文書院 1961年、増補改訂版1966年『定本版 伊東静雄全集』人文書院(全1巻)、1971年、新版1989年[5]
『伊東静雄詩集』岩波文庫 杉本秀太郎編、初版1988年
『伊東静雄詩集』思潮社 現代詩文庫、初版1980年
『伊東静雄詩集』桑原武夫・富士正晴編、新潮文庫 復刊1994年
『伊東静雄詩集』林富士馬編、旺文社文庫 / 新装版〈小沢クラシックス・日本詩人選18〉小沢書店、1997年
『作家の自伝69 伊東静雄 詩集わがひとに与ふる哀歌/京都』久米依子編、<シリーズ・人間図書館>日本図書センター、1998年
『近代浪漫派文庫35 蓮田善明/伊東静雄』新学社[6]、2005年
『伊東静雄 青春書簡 詩人への序奏』[7]大塚梓・田中俊廣 編、本多企画、1997年
『伊東静雄日記 詩へのかどで』思潮社、2010年[8]
伝記
『伊東静雄研究』 富士正晴編、思潮社、1971年
『現代詩読本 伊東静雄』思潮社、1979年、新装版1983年
小高根二郎『詩人 伊東静雄』新潮選書、1971年
小高根二郎『詩人、その生涯と運命 書簡と作品から見た伊東静雄』新潮社 1965年 / 国文社 1976年、復刻:日本図書センター「近代作家研究叢書」、1990年
林富士馬・富士正晴『苛烈な夢 伊東静雄の詩の世界と生涯』社会思想社「現代教養文庫」、1972年
小川和佑『伊東静雄 孤高の抒情詩人』講談社現代新書、1980年
杉本秀太郎『伊東静雄』<近代日本詩人選18>筑摩書房、1985年 / 講談社文芸文庫、2009年『杉本秀太郎文粋5 幻城』筑摩書房、1996年 に収録。
研究評伝
小川和佑『伊東静雄論』五月書房 1973年
小川和佑『伊東静雄論考』叢文社 1983年
田中俊廣『痛き夢の行方 伊東静雄論』日本図書センター 2003年
山本皓造『伊東静雄と大阪・京都』「ソフィア叢書5」竹林館 2002年
永藤武『伊東静雄論・中原中也論』おうふう 2002年
米倉巌『伊東静雄 憂情の美学』 審美社 1985年
三宅武治『伊東静雄 その人生と詩』花神社 1982年
野村聡『伊東静雄』審美社 1996年
城戸朱理『詩人の夏 西脇順三郎と伊東静雄』矢立出版 1994年