人権
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18世紀の自然権思想は19世紀に入ると後退し法実証主義的ないし功利主義的な思考態度が支配的となった[7]

フランスの1814年欽定憲法では国民の権利は法の下の平等や人身の自由など数の上でも制限されたばかりでなく、質的にも天賦の権利から国王によって与えられた恩恵的な権利へと変化した[23]

ドイツの1850年のプロイセン憲法(英語版)も多数の権利規定を置いてはいたが、保障されている権利や自由は天賦のものではなく「法律によるのでなければ侵されない」というものに過ぎなくなった[24]

個人権の考え方を支配していたのは国家の主たる任務は国民の自由の確保にあり、国家は社会に干渉しないことが望ましいという「自由国家」の思想である[25]。憲法による権利保障では法の適用の平等と各種の自由権の保障が中心的な位置を占めていた[25]。自由権は1850年のプロイセン憲法に至って飽和状態となり、以後の諸憲法はほぼこれを踏襲して第一次世界大戦に至ることとなった[25]
20世紀以降
自由主義諸国の憲法と社会主義諸国の憲法

18世紀から19世紀にかけて資本主義は急速に発展したが、それとともに諸々の社会的矛盾が現れ始めた[26]。自由競争は社会の進歩をもたらすが、それが正義感覚で是認されるためには競争の出発点は平等でなければならない[27]産業革命の進展に伴って大量生産時代が普及するとともに生産手段を持たない労働者の数が増大したが、このような無産階級の人々にとって憲法の保障する財産権や自由権の多くは空しいものに過ぎなくなり、自由主義理念に基づく自由放任経済は著しい富の偏在と無産階級の困窮化をもたらした[26]。国家は社会的な権利を保障するため積極的に関与することを求められるようになった[26]

そこで20世紀の憲法にはヴァイマル憲法の流れをくむ自由主義諸国の憲法とソビエト連邦の憲法などの社会主義諸国の憲法の2つの流れを生じた[28]

1919年のヴァイマル憲法は、「社会国家」思想または「福祉国家」思想に基づき、生存権や労働者の権利といった社会的人権を保障した最初の憲法である[26][27]。ふつう自由主義諸国においては「自由国家」と「社会国家」の共存が理想とされている[29]

一方、社会主義諸国の憲法は本質的に自由主義諸国の憲法とは異なっていた[30]。自由権の権利保障の場合、単に抽象的な自由を保障するのではなく、自由権の行使に必要な物質的条件の保障もあわせて定められているという特色がある[30]。また、1936年のソビエト社会主義共和国連邦憲法は、市民の消費の対象となる物の所有及び相続は認めていたが、土地や生産手段などの私的所有は禁じていた[31]

しかし、ブルジョア民主主義を経験しなかったロシアや東欧諸国などの社会主義諸国においては、憲法そのものが十分に機能せず、そこで保障されていた権利や自由も画餅に帰していた[32]。結局、一党独裁や硬直した官僚主義などの要因によって旧ソ連や東欧の社会主義国家は行き詰まり、これらの国々の憲法も効力を失うこととなった[31]。ただ、そこでの権利保障の発想は自由主義諸国の憲法にも影響を与えたとされている[31]
人権の国際化

国連憲章体制のもとでは、人権の普遍的概念はアプリオリには存在せず、また、人権保障は原則として国内管轄事項であって国連機関による干渉が禁止される領域のものであった。このため、人権の国際的実施は、条約の形で具体化された国家の合意の枠内でまず発展した。条約制度の枠組みを離れた、とくに国連による人権の国際的保護活動が本格的に展開するのは、1980年代以降のことである。

1948年12月10日国際連合世界人権宣言を採択して宣言した。

1966年12月16日には、世界人権宣言に法的拘束力を与えるため、国際連合は国際人権規約経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約及び市民的及び政治的権利に関する国際規約市民的及び政治的権利に関する国際規約の選択議定書)を採択した。

自由権規約第40条には報告制度、自由権規約第41条には国家間通報制度、選択議定書には個人通報制度が定められている[33]

世界人権宣言の具体的な実現のため、国際連合は国際人権規約以外に人権に関する諸条約を制定している。また欧州評議会は「人権と基本的自由の保護のための条約」を、米州機構は「米州人権条約」を、アフリカ連合は「人及び人民の権利に関するアフリカ憲章」を制定し、人権の国際法上の保障のためそれぞれ人権裁判所を設置している。
人権の類型化

ゲオルグ・イェリネックの公権論からは国家に対する国民の地位によって「積極的地位」(受益権)や「消極的地位」(自由権)といった分類が行われた[34]

宮沢俊義は「消極的な受益関係」での国民の地位を「自由権」、「積極的な受益関係」での国民の地位を「社会権」とし、請願権や裁判を受ける権利などは「能動的関係における権利」に分類した[35]

佐藤幸治は「包括的基本権」、「消極的権利」(自由権)、「積極的権利」(受益権・社会国家的基本権)、「能動的権利」(参政権・請願権)に分類する[36]
包括的権利(包括的基本権)
生命・自由・幸福追求権法の下の平等は、それ自体が権利としての性質を有するとともに他の個別的諸権利の保障の基礎的条件をなす権利であり「包括的権利」などとして位置づけられる[37]
消極的権利(自由権)


精神活動の自由としては、思想・良心の自由信教の自由学問の自由表現の自由、集会・結社の自由(集会の自由及び結社の自由)、居住・移転の自由、外国移住・国籍離脱の自由がある[37]

経済活動の自由としては、職業選択の自由財産権の保障がある[37]

私的生活の不可侵としては、住居等の不可侵や通信の秘密がある[37]

人身の自由及び刑事裁判手続上の保障としては、奴隷的拘束・苦役からの自由、適正手続の保障、不法な逮捕からの自由、不法な抑留や拘禁からの自由、拷問及び残虐刑の禁止、刑事裁判手続上の保障がある[37]

積極的権利


受益権として、裁判を受ける権利国家賠償請求権刑事補償請求権がある[37]

社会国家的基本権として、生存権、教育を受ける権利勤労権労働基本権がある[36]

能動的権利
能動的権利として、公務員選定罷免権(参政権)と請願権がある[38]

人権の分類は法学者によっても異なるほか、多面的な権利と考えられているものもある。

従来、請願権は請願の受理を求める権利であるとの理解から国務請求権(受益権)に分類されてきたが、現代の請願は民意を直接に議会や政府に伝えるという意味が重要視されており参政権的機能をも有するものと理解されている[39]。請願権を参政権に分類する学説もあるが、請願権は国家意思の決定に参与する権利ではないから典型的参政権とは異なる補充的参政権として捉えられることがある[40]


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