長らく御所が存在し宮中の御所言葉が庶民の言葉にも影響を与えたこと、古くからの都市社会で封建的な社会階層化が進んだことなどから、敬語が非常に発達している。特に女性層で顕著であり、女性層では敬語に限らず常に丁寧な言葉遣いが好まれ、「食う」よりも「食べる」、「うまい」よりも「おいしい」を用いようと努めたり、日常生活の名詞にも「お豆さん」のように盛んに敬称をつけたりする[33]。
-はる:京都とその周辺の最も代表的な敬語で、「なさる」が「なはる」を経て変化したものとされる[34]。五段動詞では「書かはる」のようにア段に後続し、その他では「でやはる(出る)」「きやはる(来る)」「しやはる(する)」のように連用形に「や」を介して後続する[35]。「はる」は五段活用であるが、命令形はない[34](楳垣は男性の親しい間柄で「そうしやはれ(そうしなさい)」のように言うこともあると記録している)[35]。「-はる」は京都以外の関西各地でも使われるが、大阪と比較した場合、「行かはる(京都)」「行きはる(大阪)」という形式上の違いのほか、京都の方が日常会話での「-はる」の使用率が(特に会話の話題に登場する第三者に対して)高く、大阪では明確に尊敬語として使われるのに対し、京都では身内・目下・動物などにも親しみを込めて使われ、聞き手に対する丁寧語・美化語も兼ねるとされる[36]。例えば1990年代の調査で、「父親」「赤ん坊」を話題にする際に「-はる」を使う割合は、大阪では男女とも2割程度だったのに対し、京都では父親に「-はる」を使う者は女性9割、男性6割、赤ん坊に「-はる」を使う者は女性8割、男性でも4割にのぼった[36]。
例:乗って来はるわ(乗って来られるよ)
なはる:「する」の尊敬語。「-なはれ」「-な(は)い」の形で様々な動詞の命令表現にも使うが、「-なはれ」は大阪的な言い方で京都ではほとんど使わない[35]。
例:あんさんがなはったんどすか(あなたがなさったのですか)[35]
例:はよーおいなはい(早くいらっしゃい)[35]
例:あてにもおくない(私にも下さい)[35]
お 連用形+やす:「はる」よりも敬意の高い敬語表現。「お行きやさへん」(お行きにならない)のように活用させて使うのは京都市とその周辺に限られるが、命令表現としては山城・口丹波一帯で使われ、「おやすみやす」「おいでやす」「ごめんやす」など「やす」を使った挨拶語はさらに広範囲で使う[34]。相手への確認のための強調として、「やっしゃ」とも。
例:ちょっともおいでやさしまへん(少しもお出でになりません)[35]
例:またおいでやしとーくれやす(またお越しください)[35]
例:さっさとおしやっしゃ(早くしなさいよ)[35]
-といやす:「ておいやす」の変形。
例:しといやした(していらっしゃいました)
お 連用形+る:必ずしも丁寧とは限らず、ごく親しい感情を込めた表現。楳垣によると、江戸末期から、音便を使わない「行きて」「行きた」のような言い方に「お」を冠して使うようになり、そこから「お行きる」のような終止形が逆成されたものだという[37]。「お+連用形」の後ろに助詞「な(いな)」を付けて禁止を表したり、否定助動詞「-ん」+助詞「か」「かい」「かいな」などを付けて勧誘や命令を表したり、否定助動詞「-ん」+助詞「と」を付けて条件を表したりもする[37]。