京都市中心部の京言葉は位相の面で、京都御所で話された公家言葉(御所言葉)と市中で話される町ことば(町方ことば)に大きく分けられる。前者は室町時代初期の女官の話し言葉が起源で、宮中・宮家・公家で使われ、明治以降も一部の尼門跡で継承されている。後者は話者の職業や地域によってさらに細かく分類することができ、その例として井之口有一と堀井令以知は以下の4つを挙げている[10]。
中京ことば - 中京区を中心として、室町の問屋街などで話されることば。
西陣の職人ことば - 西陣の機屋(西陣織)の人々のことば。
祇園の花街ことば - 祇園を中心とする花街の舞妓や芸妓によって話されることば。客の前など口頭では都合の悪いやりとりをする際には、簡易的な手話のような「身振り語」も用いられる。
伝統産業語 - 京焼・京友禅・京扇子といった伝統工芸の現場で話される職業語(業界用語)。
このほか、八瀬・大原(大原女も参照)・北白川・高雄・桂・大枝など[11]、郊外の農村に特有の方言もあった。
発音「近畿方言#音声」も参照
音韻体系は共通語とほとんど変わりないが、子音を弱く、母音を長く丁寧に発音する傾向があり、京都人が朗読すると同じ音節数でも東京人のほとんど2倍の時間を費やすという[12]。 連母音アイ・オイ・ウイの変化は、「わたい→わて(女性の一人称)」や「さかい→さけ(接続助詞)」など若干の語でアイ→エが見られるのみで[13]、「黒い→くれー」「悪い→わりー」などが起こる関東や丹後とは対照的である。なお「消える→けーる」「見える→めーる」などイエ→エーの変化もあるが[14]、逆行同化によるものである。 母音の長短意識が多少曖昧という特徴がある。「学校→がっこ」「山椒→さんしょ」「先生→せんせ」のように長母音を短く発音する傾向があり、特にオ段音で多い[13]。短音化は主に語尾で起こるが、「御幸町→ごこまち」のように語中で短音化する例もある[14]。1拍名詞は「蚊→かー」「野→のー」のように伸ばして発音するが、付属語を伴う場合や下降型のアクセントの語は長音化しにくい[13]。「露地→ろーじ」「去年→きょーねん」のように2拍・3拍名詞が長音化することもあるが、1拍名詞の場合と違って特定の語に限られる[13]。 その他の母音変化の例は以下のとおり[14]。 「さかい・さけ(接続助詞)→はかい・はけ」「しつこい→ひつこい」「読みません→読みまへん」「それから→ほれから」など[s]・[?]→[h]・[c]の変化が多く、若干ではあるが「人→しと」のように[c]→[?]の例もある[13]。[z]・[d]・[r]の混同([d]→[z]はほとんどない)は山城でも起こることがあり、特に南山城地方で「ただ今→たらいま」「めでたい→めれたい」のような[d]と[r]の混同が多い[13]。[z]・[d]・[r]の混同はかつて京都市内の老人・学童の間でも多く、舌が廻らぬ言葉遣いとして教育上問題視され、1942年(昭和17年)に「京都市児童を対象とせるヨミカタ方言訛音矯正資料」が作成されるほどであった[15]。 その他の子音変化の例は以下のとおり[14]。 「死による→しんにょる」「お宮はん→おんみゃはん」「年寄り→とっしょり」「日曜→にっちょー」など、イ段音・ウ段音にヤ行音が続く場合に、撥音や促音を伴ってヤ行音が拗音化することがある。イ段・ウ段音が鼻音(ナ行・マ行)の場合は撥音、それ以外のイ段・ウ段音の場合は促音が挿入されることが多い[16]。 京言葉のアクセントは典型的な京阪式アクセントであり、京阪神でほぼ共通するが一部の表現で異なる(以下はその例[17])。京都のなかでも地域差や世代差があり、例えば「粘土」「金曜日」を京都旧市内では「ねんど」「きんよーび」と発音し、伏見区や南山城地方では「ねんど」「きんよーび」と発音する[14]。また京都市南部では「-ました」が大阪・神戸と同じ発音になる[14]。 京都大阪神戸備考 特に注記しないかぎり、昭和20-30年代の記録を中心に記述する。 動詞の活用には共通語と同じく五段活用・上一段活用・下一段活用・カ行変格活用(カ変)・サ行変格活用(サ変)があるが、サ変の上二段・上一段化傾向が見られる[18]。基本となる活用形は以下のとおり[19]。 未然連用終止連体仮定命令
母音
イ→エ:しらみ→しらめ、にんじん→ねんじん
エ→イ:前垂れ→まいだれ、羽二重→はぶたい
ウ→オ:うさぎ→おさぎ、たぬき→たのき、室町→もろまち
子音
[s]→[?]:鮭→しゃけ
[m]→[b]:蝉→せび
その他
アクセント詳細は「京阪式アクセント」を参照
-ました食べました食べました
(無声化で「食べました」となる人もいる)京都でも低起式の動詞を中心に大阪・神戸と同じ発音になることがある。
-はった食べはった食べはった
(伝統的な神戸弁では「はる」を用いない)
鏡かがみかがみ
かがみ
かがみかがみ神戸が最も古い発音を保っており、幕末以前は京都でも「かがみ」であった。
2000年代の若年層では地域を問わず「かがみ」または「かがみ」が多い。
文法
動詞
五段[20](行く)いか-
いこ-[21]いき-いくいく(いきゃ)
(いったら)いけ
下一段(出る)で-で-でるでる(でりゃ)
(でたら)でー
上一段(着る)き-き-きるきる(きりゃ)
(きたら)きー
カ変(来る)き-
こ-き-くるくる(くりゃ)
(きたら)きー
こい
サ変(する)し-
せ-し-するする(すりゃ)
(したら)しー
せー
ハ行(現代仮名遣いではア行・ワ行)五段動詞に「-た」「-て」が後続する際にウ音便が起こるが、2音節語以外は短音化することが多い[22]。またサ行五段動詞のイ音便が「差す」に限って起こる[22]。
例:こーたらえーがな(買ったらいいだろう)[22]
例:なんぼはろ(ー)たんや(いくら払ったんだい)[22]
例:傘さいていく(傘を差して行く)[22]
活用表の命令形に加えて、連用形を用いた「-なさい」に相当する軽い命令表現がある。女性層では後ろに「よし」を付けることがあるが、楳垣によると大正末期に川東(鴨川よりも東側の地域)から広まった表現で、元は山科あたりの言葉だったかもしれないと推測している[23]。また女性層では、共通語の「-てごらん」に相当する「-とおみ」という命令表現もある。
例:走り(走りなさい)
例:はよ行きよし(早く行きなさい)[23]
例:見とおみ(見てごらん)
継続には共通語と同じく「雨が降ってる」のように「-てる」を使うが、「降っとる」のような「-とる」も使う(男性語的)[24]。南山城地方では「降ったる」のように「-たる」を継続に使うところが多いほか、宇治田原町や笠置町などでは「降りよる」のように「-よる」を使う[24]。京都市などでは「-たる」は結果を表し(楳垣は、短音にならず「-たある」と言うとしている[25])、「-よる」は動作主への軽い卑蔑を表す(男性語的)[24]。
Size:110 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
担当:undef