二本松藩
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二本松2代の長次

丹羽家は光重の父・長重の時代に関ヶ原の戦いで西軍に属して前田利長と戦い、戦後に改易されたが、徳川秀忠の取りなしと、長重正室の報恩院が信長の娘で秀忠正室の崇源院と従姉妹にあたる関係を重視されたものであり、長重は最終的に10万石の大名として復帰を果たした。このため、二本松城下に秀忠・家光父子の廟所を造営し、幕命による東海道などの川筋普請や日光東照宮増上寺の修築普請を率先して勤め上げ、徳川将軍家に対する忠誠を最大至上とした[20]二本松3代の長之

藩政は初代光重の時代にほぼ確立され、二本松城や侍屋敷・城下町の整備、法制確立、学術の振興などが行われた[21]。第2代藩主長次の時代から幕府の公役負担が重くのしかかり、歴代藩主はその負担に積極的に応じて二本松藩の財政は困窮した。このため第5代藩主高寛は、岩井田昨非を登用して享保藩政改革を行った[21]。第6代藩主高庸も岩井田を用いて藩政改革を行い、赤子生育法を出す。寛延年間に領内に一揆が起こり、年貢半減を約して収めるも、後に撤回した[21]。また、同時期には凶作で4万2000石の被害を出している。第7代藩主長貴の時代にも、明和年間に大火事が起こり、天明の大飢饉で大被害を蒙った。このため寛政の藩政改革を行って、医療救助令や養老法を制定した[22]。だが幕府の命令による美濃伊勢の川普請の負担などもあり、財政は悪化する。

第9代藩主長富藩校敬学館を設立し、家老の丹羽貴明を用いて藩政刷新を行う[22]文政年間には領内を巡察し、農村復興のために新年番名主制を定めて領内各村に総額3400両の救助金を出し、25人組制度の制定と倹約令を出した[22]。しかし治世後半から長富は浪費癖が出て、藩内では賄賂政治が横行した。さらに天保の大飢饉で二本松は大被害を受け、幕府の普請負担などもあり藩政は行き詰まった。なお、安政年間に藩兵の訓練が行われている。

幕末期、第10代藩主長国江戸湾警備、京都警衛、天狗党の乱鎮圧などで活躍した。戊辰戦争では奥羽越列藩同盟に参加して新政府軍と戦ったが、各地で敗戦を重ねて明治元年(1868年)7月28日に長国は米沢藩に逃亡し、翌日に二本松城は落城した。長国は9月に降伏し、自身の隠居を条件として丹羽長裕(米沢藩主・上杉斉憲の子)が養嗣子として跡を継ぐことを認められた。なお、このときに5万石も減らされた。明治2年(1869年)の版籍奉還で長裕は二本松藩知事となり、明治4年(1871年)の廃藩置県で二本松藩は廃藩となり二本松県となった。

なお、丹羽家治下の二本松藩では節分の時、「鬼は外」と叫ぶと「お丹羽外」に聞こえるとして、「鬼外」「おにそと」と「は」を抜いて唱えていた。
宗教二本松4代の秀延

二本松藩では、豊臣時代の領主である蒲生氏郷キリシタン大名であった影響から[23]東北地方におけるキリシタンの根拠地のような地域になっていた。このため、秀吉のバテレン追放令などの禁教令、江戸幕府における慶長18年(1613年)の全国禁教令を契機として、厳しいキリシタン弾圧が展開された[23]。二本松でも寛永9年(1632年)2月8日に明利の命令で5人が火炙り、9人が斬首と計14名のキリシタンが殉教、すなわち処刑されている(同時期に会津藩で42名、白河藩でも13名が処刑された)[24]。この時二本松で処刑されたキリシタンには、前の領主で氏郷の孫忠郷の旧臣や、元和年間に長崎で弾圧されて二本松に逃れていた者などが含まれており、彼らは布教活動を行っていたため処刑されたといわれる[24]

時代は下って、丹羽家が寛政元年(1789年)に幕府に提出した「陸奥国二本松領切支丹類族存命帳」では、寛永から正保年間に摘発されたキリシタン18名の末裔の行方を曾孫から玄孫、来孫(玄孫の子)まで類別した上で厳しく監視している旨を報告している[25]
経済二本松5代の高寛

二本松は寒冷な農業後進地であり[16]、蒲生家90万石余と60万石、上杉家120万石の属領時代から大国に支配されていたため、その格式に見合う軍役・奉公を負担しなければならなかった[16]。このためこれらの時代から年貢率はかなり高かったが[25]、加藤家の時代にはさらに増徴された上に、年貢の付加税である口米・口銭も蒲生60万石時代から倍も増徴される厳しさであった[25]。しかも小物成、すなわち雑税は種類を増やされて徴収され、城普請などの労役も厳しく、雑税と指定されている蝋や漆は厳しく流通統制が行われていた[17]。このため加藤家の時代には新田開発も行われたが、一方で検地は大変厳しく、田畑に蒔く種子の枡量だけで収穫量を推定して等級を付けたり、耕地の存在しない場所や耕作者が存在しない土地に石高を付けて年貢を課し、領民は「迷い高」「土無高」と称して恨みを表すほどだったという[26]


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