乙武洋匡
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2000年の大学卒業[10]後は、スポーツライター、2005年には新宿区の非常勤職員として「子どもの生き方パートナー」に就任。また同年より小学校教諭免許状を取得するために、明星大学通信教育課程人文学部へ学士入学し[11][注釈 1]教員の道への足がかりとした。教員免許状取得を思い立ったのは、以前からの教育への関心に加え、長崎男児誘拐殺人事件などをきっかけに、子どもの人格形成に大人がどのような責任を負っているか問題意識を抱いたため。小学校での4週間の教育実習を行い、2007年2月に小学校教諭二種免許状を取得。同年4月より、2010年3月31日まで杉並区の任期つき講師として杉並区立杉並第四小学校に勤務。合宿の際は児童と共に入浴したりトイレの手助けを受けたとも語った[12][13]。2010年に「まちの保育園 小竹向原」を創設した[14]

2001年3月に結婚。2008年1月3日に第1子(長男)、2010年7月9日に第2子(次男)、2015年3月には第3子となる長女が誕生した。

2010年、まちの保育園・まちのこども園を運営するナチュラルスマイルジャパン株式会社を松本理寿輝らと共に設立。以後6か所の園を開園し運営している[15]

2011年4月よりロックバンド「COWPERKING」のボーカル「ZETTO」としても活動している。

2013年3月8日東京都教育委員に就任するも、2015年12月31日で途中辞任[16]

2013年5月に、予約した銀座の隠れ家的イタリアンレストランへ女性と2人で向かうも、エレベーターが使えなかったり、事前連絡がなくレストランの人手が足りないなどで店長に介助を断られ、入店できなかった。連れの女性が泣き出し、それを見て興奮した本人は「車いすだからと入店拒否された」と店名を実名で60万人以上のフォロワーがいる状況でツイートした。店は多数の無言電話で営業妨害を受けた。その後、自身は店名公表などについて「当時はほとんど心神喪失状態にあった」と12月に釈明した[17][18]。なお、英国の車いす団体ホイール・パワーのマーティン・マクエルハトンは、本件のコメントを求められ、介助の訓練を受けたスタッフがいない場合、車いすの障害者への対応は極めて困難とし、介助の訓練を受けていない人が運搬中に障害者を落とせば、訴訟沙汰になる恐れもある。ツイッターのフォロワーが60万人もいるなら、バリアフリーを社会的な重要人物に求めることもできたし、自分なら介助に慣れた友人と一緒に行ったと返答している[19]

2014年4月、ボランティア団体・グリーンバード新宿を発足させ代表に就任する[20]。同年7月、この団体のポスターが区内の掲示板から撤去される事態に。自身の新宿区長選挙への事前PRと捉えた区民から苦情が寄せられたことが原因である[21]

福島県双葉郡広野町に2015年に開校した県立中高一貫校の「ふたば未来学園中学校・高等学校」の「応援団」に就任した[22]

2015年4月、政策研究大学院大学へ進学[23]し、2016年に政策研究科を修了(修士)。[24]
不倫騒動と参院選出馬辞退

2016年3月8日、自民党が7月の参議院議員選挙での乙武の擁立に向け、最終調整していることが、報道により明らかになった。同党は東京都選挙区か比例代表での出馬を求めており、乙武も出馬に意欲を示した[25]

同年3月23日、『週刊新潮』の電子版は、乙武が過去を含め5人の女性と不倫していたことを認めたと報じた[26][27]。2015年末にチュニジアパリ旅行に20代後半の女性を同伴しダミーとして1名の男性を同行させていたとされる。一旦は否定したものの、その後、自身の公式サイトで事実を認め、妻とともに謝罪した[28]。同月30日、自民党が乙武の擁立を見送ったことが明らかとなった[29][30]。4月5日、乙武は自身の誕生日パーティー(会費1万円)において再度謝罪した[31]。出馬検討の際に民主党日本を元気にする会の幹部にも面会していたことが明らかとされた[32]。日本を元気にする会の松田公太は自身のブログで乙武が署名した誓約書の存在を明らかにした[33]。なお、ダミーとして旅行に同伴した男性は、「筆談ホステス」として知られる当時東京都北区議会議員斉藤里恵の秘書を務めていたが引き抜きにあった。斉藤は乙武より連絡は貰ったことがないが、出馬取り消しについてこのようなことになり残念とコメントした[34]。別居に至り、その理由が週の半分以上不在だった夫が常駐することで妻の負担が増大し、3人の子供の世話と家事に加えて、夫の風呂、トイレ、着替えで困憊したことによるもので、それまでは不倫外出に助けられていたとの報道もなされた。また本人から連絡を受けた神田うのも別居理由についてテレビで同じ理由を挙げている[35]。なお、妻は負担を減らすための家政婦、ベビーシッター、介助者を頼む提案を拒否したと本人は語っている[36]。同年9月14日、協議離婚が成立した[37][38]

2017年、世界37か国を車いすでめぐる放浪の旅へ。帰国後、世界のマイノリティと出会い、感じたことをまとめた著書『ただいま、日本』を出版。

2019年、パラスポーツの取材に力を入れる傍ら、自身も最新鋭の技術を搭載した義足を用いて歩行に挑戦する『OTOTAKE PROJECT』に取り組む。ソニーコンピュータサイエンス研究所の遠藤謙氏が中心に行ってきたロボット技術を用いた義足を今回の挑戦に使用。義足プロジェクトの全容を追った『四肢奮迅』を出版している。このプロジェクトにて2021年には50m[39]、2022年には117mの歩行に成功している[40]

2020年、『AbemaPrime(アベマプライム)』の金曜日の番組MCとして、アジア圏で最も権威のあるテレビ賞「24th asian TELEVISION AWARDS(アジア・テレビジョン・アワード)」の「ニュースキャスター部門」にノミネート。

同年、サッカー元日本代表本田圭佑が東京都に立ち上げた社会人サッカーチーム「One Tokyo」のGMに就任。監督は武井壮
2022年参議院議員選挙

2022年5月19日、自身のYoutubeチャンネルで、第26回参議院議員通常選挙において東京都選挙区から無所属で立候補することを表明[41]。6月19日に開いた制作発表イベントに西村博之が参加し、公示後の応援演説には堀江貴文が駆けつけた[42][43]。同年7月10日の投開票の結果、改選数6人に対し立候補34人中9位で落選した[44]

2023年4月8日、元衆議院議員の木村弥生江東区長選挙に向けた選挙事務所を開設。乙武はこの日の事務所開きに出席し[45][46]、街頭演説に参加し、木村のYouTubeチャンネルに応援メッセージを送るなど、積極的に支援した[45][47]。木村は4月23日執行の区長選で自民党推薦の山ア一輝ら3候補を破り、初当選を果たした[48]。その後、公職選挙法違反の疑いにより家宅捜索を受けた木村は同年11月15日、区長を辞職した[49]
2024年衆議院議員補欠選挙

2023年12月28日、東京地検特捜部は、前述の区長選で木村弥生を支援した東京15区選出の柿沢未途衆議院議員を公職選挙法違反(買収)などの疑いでを逮捕した[50]


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