中華民国総統
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選挙参加の登録を行う場合は、総統候補者は副総統候補者と連名で登録し、且つ、政党が推薦し、又は連署者が連署する[注 14]

中華民国総統選挙の管轄機関は中央選挙委員会(略称「中選会」)であり、総統候補者の選挙活動期間は28日間である[注 15]。中華民国総統選挙は相対的多数決であり、候補者の中で最も多くの票を獲得した候補者の1組が当選し、同数の場合は投票日から30日以内に再選挙が行われる。1組しか候補者が登録されていない場合(即ち「等額選挙(中国語版)」)は、選挙人総数の20%以上の得票を以て当選し、獲得できなければ投票日から3か月以内に再選挙が行われる[注 16]

直近の中華民国総統選挙は2020年1月11日に行われ、現職の総統だった民進党候補の蔡英文が勝利し、再選を果たした[59][60][61]
就任第14期中華民国総統に就任する際、当時の立法院長であった蘇嘉全から中華民国の国璽を受け取る蔡英文(左)

憲法第48条の定めるところにより、中華民国総統は就任に際し、以下の就任宣誓を行う[注 17][62][54]

「余は謹んで至誠を以て全国人民に対し宣誓する。余は必ず憲法を遵守し、職務を忠実に行い、人民の福利を増進し、国家を防衛して国民の付託に決して背かない。もし誓言に相違することがあれば、国家の最も厳しい制裁を甘んじて受けるものである。ここに謹んで誓う。

余謹以至誠,向全國人民宣誓,余必遵守憲法,盡忠職務,攝i人民福利,保衛國家,無負國民付託。如違誓言,願受國家嚴飼V制裁。謹誓。」

この後、立法院長が印信条例の定めるところにより、中華民国の国璽と栄典の璽を授与し、国家権力の象徴と政権の承継を示す[注 18][62]

直近の中華民国総統就任式典(中国語版)は2020年5月20日に行われた[64]
罷免と弾劾「中華民国の罷免制度(中国語版)」および「中華民国の弾劾制度(中国語版)」も参照

中華民国総統は、自らの辞任のみならず、罷免又は弾劾の2種によって解任されることがある。

憲法増修条文及び総統副総統選挙罷免法の定めるところにより、中華民国総統の罷免案には、全立法院の4分の1以上の立法委員による提議と、3分の2以上の立法委員の同意での提出による成立を必要とする。立法院は、罷免案の宣言成立から10日以内に、罷免理由書と罷免された者の弁明書を添えて、罷免案を中央選挙委員会に移送し、委員会は立法院が移送した罷免理由書と弁明書の受領翌日から20日以内に公告し、60日以内に国民投票を実施する。この際の罷免投票者の資格は選挙人の資格と同一である。罷免の国民投票も同様に絶対多数決で行われ、有効票の過半数以上が罷免に同意すれば罷免案は可決され、罷免された総統は中央選挙委員会での選挙結果の公告後に即時解任されなければならず、その後4年間は総統候補者として登録することができず、罷免案が可決されなければ、総統の任期中は、罷免案が再提出されることはない[注 15][65]。直近の中華民国総統罷免案(中国語版)は2012年5月14日に提出されたが、立法院順序委員会(中国語版)の表決で可決されず、成立しなかった[66][67]

憲法増修条文の定めるところにより、中華民国総統の弾劾には、全立法院の2分の1以上の立法委員による提議と、3分の2以上の立法委員の同意での提出による成立を必要とする。その後、司法院大法官(中国語版)が編成する憲法法廷(中国語版)で審理され、判決が確定すれば、弾劾された総統は即時解任されなければならない[注 19]。これまでに、総統が正式に弾劾された事例は存在しない。
代理と承継「中華民国総統職位継承順位(中国語版)」も参照

憲法及び憲法増修条文の定めるところにより、中華民国総統が何らかの理由で執務すること(職権を行使すること)ができない場合は、副総統がその職権を代行する。総統と副総統のどちらもが執務することができない場合は、行政院長がその職権を代行する。死亡、罷免又は弾劾により総統が不在の場合は、総統の任期満了まで副総統が総統の職務を受け継ぐ。総統と副総統のどちらもが不在の場合は、行政院長がその職権を代行し、憲法増修条文の定めるところにより、3か月以内に総統補欠選挙を行う。前総統が任期を終えた時点で後任の総統を選出していない場合や、選出後に総統と副総統のどちらもが就任していない場合は、行政院長が総統の職権代行を兼任する[注 20]

憲法の公布・施行後数年間、1949年1月21日に?介石が退陣したことで、初代中華民国副総統である李宗仁が代理総統を務めていたが、その後?介石は1950年3月1日、復帰を宣言し、李の代理総統の職務は自ずと解かれた[注 21][注 22][14]。その後、1975年4月5日に、第5代総統の任期中だった?介石が死去し、当時の副総統だった厳家淦が直ぐに総統の職務を受け継いだ。1988年1月13日には、?経国が第7代総統の任期中に死去し、当時の副総統だった李登輝が総統の職務を受け継いだ[45][68]
職権と附属機関
職権

憲法、憲法増修条文及び国防法の定めるところにより、中華民国総統は中華民国の国家元首とされ、外国に対して中華民国を代表する。又、同時に、三軍の統帥者であり、全国の空軍を統率する統帥権を行使し、並びに憲法の定めるところにより、条約の締結及び宣戦講和を行う権限を行使することができる[注 23][70]

中華民国総統は、憲法、憲法増修条文及び中央法規標準法の定めるところにより、立法院で可決された法律を公布し、命令を発することができ、並びに行政院会議(中国語版)の決議を経た緊急命令を発することができるが、これには発布後10日以内に立法院に提出して追認を得なければならない[注 24][73][74]。憲法増修条文の公布・施行後、緊急命令を発したのは、921大地震によって1999年9月に発した李登輝のみである(命令全文)[75][76]

戦争又は反乱が発生した場合、中華民国総統は、憲法及び戒厳法の定めるところにより、戒厳を宣布することができるが、これには立法院の可決又は追認を経なければならない。立法院が必要と認めた場合は、決議により総統に戒厳の解除を要請することができる[注 25][74]。憲法の公布・施行後、第二次国共内戦によって、?介石と李宗仁が、それぞれ1948年12月と1949年7月に2回に亘って全国に戒厳令を発した[注 26][79][80]

中華民国総統は、憲法及び赦免法の定めるところにより、大赦特赦減刑及び復権を行う権限を行使することができる[注 27]。憲法の公布・施行後、総統は、4つの特赦、8つの特定の対象に対する減刑、犯罪者減刑条例による5つの一般的な減刑を行った[82][83]

中華民国総統は、憲法、憲法増修条文、公務員任用法及び陸海空軍軍官士官任官条例等の法律の定めるところにより、文武官を任免することができる。例として、行政院長は総統により直接任命され[注 28]行政院副院長や各機関の首長、政務委員(中国語版)は行政院長が総統に提言して任命を求めるほか、司法院長(中国語版)・副院長(中国語版)、司法院大法官(中国語版)、考試院長(中国語版)・副院長(中国語版)、考試委員(中国語版)、監察院長(中国語版)・副院長(中国語版)及び監察委員(中国語版)は総統により指名され、立法院による同意権の行使を経て任命される。又、各機関の公務員の初任の簡任(中国語版)、薦任(中国語版)、委任(中国語版)官など[注 29]の公務員は、銓敘部(中国語版)の審定合格後、総統に任命の署名を求める。又、軍職の少将中将の階級が変更されて官職の異動が決定した者、法律に基づいて軍位の追晋又は追贈が決定した者は、管轄機関によって報告され、任免などの決定について意を求められる[注 30][74][88]


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