この項目では、新潟県の旧自治体について説明しています。愛知県豊川市の地名については「中条町 (豊川市)」をご覧ください。
なかじょうまち
中条町
乙寶寺
中条村旗中条村章
中条町旗中条町章1962年9月10日制定
廃止日2005年9月1日
廃止理由新設合併
中条町、黒川村 → 胎内市
現在の自治体胎内市
廃止時点のデータ
国 日本
地方中部地方、北陸地方
甲信越地方
都道府県新潟県
郡北蒲原郡
市町村コード15310-9
面積84.58 km2
総人口26,851人
(2005年4月1日)
隣接自治体黒川村、荒川町、新発田市
町の木マツ[1]
町の花チューリップ[1]
中条町役場
所在地〒959-2693
新潟県北蒲原郡中条町新和町2-10
外部リンク中条町HP
中条町(なかじょうまち)は、かつて新潟県北蒲原郡にあった町。新潟県北東部に位置し、日本海に面していた。 面積は84.58平方キロメートル。全長15kmにおよぶ海岸線を有する。胎内川河口に広がる典型的な扇状地。乙(きのと)地区では伏流水が自噴し、わずか標高8mの地点に高山植物のミズバショウが自生している。 中世には周辺一帯に奥山荘といわれた荘園が存在し、鎌倉時代から戦国時代までは中条氏が支配した。近世には新発田・村上という2つの城下町の中間に位置することもあり宿場町として栄えた[2]。なお、宿場町のまち並みは合併後の2010年度に新潟県の景観づくりモデル地区に指定されている[3]。 黒川村との1町1村による任意合併協議会が2003年12月25日に設立された。
地理
隣接していた自治体
新発田市
北蒲原郡:黒川村
岩船郡:荒川町、神林村
歴史
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い中条村の区域を以って北蒲原郡中条町が発足。
1902年(明治34年)11月1日 - 柴橋村・本条村と合併し中条町を新設。
1955年(昭和30年)10月20日 - 加治川村の一部を編入。
1956年(昭和31年)9月30日 - 乙村と合併し、中条町を新設。
1967年(昭和42年)
1月1日 - 築地村を編入。
8月28日 - 羽越豪雨により飯角集落で鉄砲水(土石流)が発生。21棟のうち6棟が全壊。死者・行方不明者13人[4]。
1970年(昭和45年)
2月1日 - 黒川村と境界の一部を変更。
9月1日 - 岩船郡荒川町と境界の一部を変更。
11月1日 - 一部の区域を黒川村に編入。
2004年(平成16年)9月17日 - 黒川村との法定合併協議会が成立。
2005年(平成17年)9月1日 - 黒川村と合併し、胎内市が発足。同日中条町廃止。
市町村合併
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