1960年、松竹に入社[2]。その後フジプロダクション[3]を経て1980年にフジテレビ入社[2][4]。主にドラマの制作畑を歩み、国民的ドラマ『北の国から』や『オレゴンから愛』などをプロデュースしてきた。
制作室長→フジテレビジョン取締役(1997-2001)[1]を務め、2001年にフジテレビを退職[2]。フジテレビを退職後はフジクリエイティブコーポレーション取締役副社長(2001-)を経て、フジクリエイティブコーポレーション顧問を務めていた[5]。
その他、北海道文化放送の取締役(2006-)、フジアール取締役も務めた。
2015年5月26日、急性肺炎のため死去[2]。77歳没。通夜は同月31日に護国寺桂昌殿で営まれ、タモリや北島三郎、倉本聰など550人が参列した[6][7]。葬儀・告別式は翌日同所で営まれ、倉本聰が弔辞を述べた。また、吉岡秀隆、中嶋朋子、岩城滉一など250人が最後の別れを告げた[8]。式には、正吉役を演じ俳優業を引退していた中澤佳仁も訪れた[9]。
主な作品
松竹時代
女人武蔵 (1971) 制作[10]
フジテレビ時代
北の国から (1981) プロデュース[11]
君は海を見たか (1982) プロデュース
早春スケッチブック(1983) プロデュース[1]
北の国から'83冬 (1983) プロデュース
北の国から'84夏 (1984) プロデュース
オレゴンから愛(1984) プロデュース[1]
真夜中の匂い(1984) プロデュース
ライスカレー (1986) プロデュース[12]
時にはいっしょに (1986) プロデュース
フジクリエイティブコーポレーション以降
北の国から 2002 遺言 (2002) プロデュース
優しい時間(2005) 制作総指揮[13]
やがて来る日のために(2005年) 企画
奇跡の動物園?旭山動物園物語?(2006) プロデュース
拝啓、父上様(2007) 制作総指揮
星ひとつの夜(2007) 企画
鯨とメダカ(2008) 制作総指揮
風のガーデン(2008) 統括プロデュース
ありふれた奇跡(2009) 統括プロデュース
脚注^ a b c d ⇒“中村敏夫氏死去(元フジテレビプロデューサー)”. 時事ドットコム (時事通信社). (2015年5月26日). ⇒http://www.jiji.com/jc/zc?k=201505/2015052600878 2015年7月9日閲覧。