世界遺産
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文化遺産[61]は世界遺産条約第1条に規定されており、記念工作物、建造物群、遺跡[注釈 13]のうち、歴史上、芸術上あるいは学術上顕著な普遍的価値を持つものを対象としている[62]。しばしば「世界文化遺産」と呼ばれる[63]

基本的なカテゴリーは上記の3種のままだが、それらに内包されるカテゴリーとして、上述のように1992年に文化的景観の概念が追加され、以降、産業遺産文化の道など多様なカテゴリーが加わった[62]。文化遺産は研究の深化とともに範囲が広がっており、それゆえICOMOSも、世界文化遺産の一覧は「開いた一覧」となる見通しを示している[64]
自然遺産詳細は「自然遺産 (世界遺産)」を参照

自然遺産[65]は世界遺産条約第2条に規定されている。その定義では「無生物又は生物の生成物又は生成物群から成る特徴のある自然の地域であって、鑑賞上又は学術上顕著な普遍的価値を有するもの」「地質学的又は地形学的形成物及び脅威にさらされている動物又は植物の種の生息地又は自生地として区域が明確に定められている地域であって、学術上又は保存上顕著な普遍的価値を有するもの」「自然の風景地及び区域が明確に定められている自然の地域であって、学術上、保存上又は景観上顕著な普遍的価値を有するもの」[66]が挙げられている。しばしば「世界自然遺産」と呼ばれる[63]

文化遺産の場合は、ICOMOS によるテーマ別研究によって多様な文化遺産の模索がなされてきたが、IUCNは少なくとも第39回世界遺産委員会(2015年)の時点では、財政事情から自然遺産のテーマ別研究はしていないことを明かしている[67]。ただし、そもそも自然遺産は文化遺産と違い、その価値の評価は当初から安定していた[68]。IUCNは1982年にはグローバル目録を作成し、自然遺産として登録が望まれる類型の網羅を終えていた[69]。それゆえIUCNは自然遺産(および複合遺産)を「閉じた一覧」とすることを志向し、その限界は250から300と考えられている[64]
複合遺産詳細は「複合遺産 (世界遺産)」を参照

複合遺産[70]は文化と自然の両方について、顕著な普遍的価値を兼ね備えるものを対象としている。1979年には最初の複合遺産が登録されていたものの[71]、世界遺産条約に直接的な規定はなく、作業指針でも長らく明記されてこなかった。しかし、2005年の改訂の際に「作業指針」第46段落で定義付けられた[72]

複合遺産には最初からそのように登録されたものだけでなく、自然遺産として登録されたものの文化的側面が追認されて複合遺産になったり、逆に文化遺産の自然的側面が追認されて複合遺産になったりする場合もある。後者に該当する例で最初に登録されたのはカンペチェ州カラクムルの古代マヤ都市と熱帯保護林(メキシコ、2014年拡大)だが、この審議が難航したことを踏まえて、諮問機関の情報交換のやり方などが変更された[73]
危機遺産詳細は「危機にさらされている世界遺産」を参照世界遺産リスト登録と同時に危機遺産リストにも加えられたバーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群(大仏破壊前と破壊後)

内容上の分類ではないが、後世に残すことが難しくなっているか、その強い懸念が存在する登録物件は、危機にさらされている世界遺産リスト(危機遺産リスト[74])に加えられ、別途保存や修復のための配慮がなされることになっている(世界遺産条約第11条4項および「作業指針」第177段落 - 第191段落)[75]。危機遺産については、世界遺産条約や「作業指針」でも詳しく規定されており、制度の中核的概念と位置づけられている[76]。世界遺産リストへの推薦が各国政府しか行えないのに対し、危機遺産リストへの登録の場合は、きちんとした根拠が示されれば、個人や団体からの申請であっても受理、検討されることがある[77]

2013年にはシリア内戦などを理由にシリアの世界遺産が6件すべて[78]、2016年にはリビア内戦などを理由にリビアの世界遺産が5件すべて登録されるなどし[79]、2023年1月の世界遺産委員会第18回臨時委員会終了時点での危機遺産登録物件は55件となっている[80]。しかし、保有国の中には、危機遺産登録を不名誉なものと捉えて強い抵抗を示す国もあり、危機遺産リストに登録されるべき場合であってさえも、容易に登録が実現しない現実がある[81]。リストに正式登録された危機遺産以外に、そのような「隠れた危機遺産」の増加を懸念する意見もある(後述)。
国境を越える資産ウォータートン・グレイシャー国際平和自然公園に掲げられた米国カナダの国旗

世界遺産の中には、複数国にまたがる「国境を越える資産」[82]も存在する(「作業指針」第134段落)[83][注釈 14]。その推薦書は保有国が共同で作成し、登録後の管理には共同で専用の機関を設置することが望ましいとされる[83]。中には、カルパティア山脈とヨーロッパ各地の古代及び原生ブナ林(18か国)、シュトルーヴェの測地弧(10か国)のように多くの国々で保有されている例もある。

国境を越える資産は当初、自然遺産分野に多く見られたが、そうした制度の起源は世界遺産制度そのものよりも古く、ウォータートン・グレイシャー国際平和自然公園の設立にさかのぼると言われる(1932年設定、1995年には世界遺産リストにも登録)[84][85]。国境を越える資産の存在は、国境を越えて協力することの大切さを伝え、保有国間の平和の構築にも資するとされるが、実際には国境を越えて価値が連続性を持つにもかかわらず、さまざまな事情を背景に別々に登録されている例がある[86]。たとえば、イグアス (Iguacu) 国立公園(ブラジル)とイグアス (Iguazu) 国立公園(アルゼンチン)、スンダルバンス国立公園(インド)とシュンドルボン(バングラデシュ)などがそうである[87][88]。文化遺産だとサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路:カミノ・フランセスとスペイン北部の道(スペイン)とフランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路などがそれにあたる[89]。そうした例には高句麗の遺跡のように、歴史的・政治的背景に起因するものもある(後述)。
負の世界遺産詳細は「負の世界遺産」を参照アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所。登録の際に、類似の案件は二度と登録しないことが決議された[90]


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