三笠書房
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また、唯物論研究会と関係が深く、研究会が企画した『唯物論全書』のシリーズを弾圧後も引き受け、『三笠全書』として刊行していた。
自己啓発へ転換

放漫経営により1968年に2度目の[要説明]倒産危機に陥った折、会社再建への貢献を創業者の竹内に認められ、当時、一般社員だった現会長の押鐘冨士雄が営業部長に抜擢された。1973年には編集部長へ就任した[2]押鐘は、映画『未知との遭遇』の公開に合わせて原作本を出版し40万部を売り上げるなど、人気ドラマの小説化で債務を完済した手腕が評価され、1980年代表取締役社長に就任した[2]。また、1975年には子会社扱いで「フランス書院」ブランドを設立し、官能小説の分野にも進出している。

この頃から主力だった翻訳文芸路線を放棄し、自己啓発本の発行を開始する[2]

1981年には竹内が死去。1985年に押鐘が竹内の長男より株式を買い取ったことから、創業者一族である竹内家は同社から離れた。社屋も新宿区戸山から移転し、現体制となる。

これにより、本格的に自己啓発、生き方、ビジネス、経済、雑学ハウツー、女性向け書籍などの路線へ転換した。そのため、同じ出版社でありながら、年代によってイメージが異なる出版社といえる。自己啓発の著名な書き手には渡部昇一轡田隆史がいる。渡部はジョセフ・マーフィーについての出版には大島淳一のペンネームを使っている。

現在は「知的生きかた文庫」(1984年創刊)「王様文庫」(2000年創刊)を中心に、教養本や実用書の発行を多数手がけている。知的生きかた文庫は文庫化の版権に関連して、学校法人産業能率大学出版部と密接な関係にある。

2008年、押鐘冨士雄の息子、押鐘太陽が社長に就任した。
主な刊行物

『風と共に去りぬ』 -
大久保康雄

『赤毛のアン』 - 村岡花子訳。邦題は初刊刊行当時の編集者小池喜孝が命名。

全集

『三笠版現代世界文学全集』

『ドストイェフスキー全集』

『ヘルマン・ヘッセ全集』

『ヘミングウェイ全集』

文庫

知的生きかた文庫

王様文庫

三笠文庫(廃刊)

所在地

東京都千代田区飯田橋三丁目3番1号
関連会社

フランス書院 - 官能小説大手。100パーセント子会社。社長も同一人物、同じ建物内にあり、実質的には社内カンパニー(事業部)。

脚注^ NHK連続テレビ小説花子とアン」では、最初に出版した会社として「小鳩書房」が出てくる。編集者の小泉(白石隼也)が推していたにもかかわらず社長(茂木健一郎)が読まずに断っていたというエピソードになっている。
^ a b c 塩澤実信『出版社を読む』 新風舎 1998年 ISBN 4797408421 pp.110-114.

外部リンク

三笠書房

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