三ツ矢雄二
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舞台がしたかったこともあり[11]、大学入学直後に知り合いから演出家の蜷川幸雄を紹介され、彼が所属していた「舞プロモーション」に所属して芸能活動を本格的に再開[4]。所属事務所はその後、青二プロダクション[11]ぷろだくしょんバオバブ[13][14]、NPSテアトル[10][15]アーツビジョン[16]大橋巨泉事務所[17]Y・M・O(旧・ラブライブ[18]ブリングアップ[19]コンビネーション[20]に所属していた。“鬼の蜷川”と称される彼に演技指導を受け[注 4]、『王女メディア』で舞台デビュー[11]。蜷川の舞台を一から作り上げる作業を間近で見たことは、後に三ツ矢が劇団を作る時の基礎となった[9]
声優・音響監督として

その後も演出・脚本などの基礎を学びながらアルバイト生活を送る中、子役時代のディレクターに「人形の声をやらないか」という話を受けて人形劇『プルルくん』に出演[11]し、これが声のみでは初の仕事となった。また、俳優としても刑事ドラマ時代劇などに出演するようになった。

『プルルくん』最終回後の打ち上げにおいて、永井一郎に勧められたことがきっかけとなり、アニメ『超電磁ロボ コン・バトラーV』のオーディションに参加(詳細は後述)。結果主役に抜擢されて正式に声優デビューを飾り[9]、以後声優としてのキャリアを積み重ねていくこととなった[4][11]

仕事が順調に増え、1984年には声優仲間を集めてミュージカル劇団のプロジェクト・レヴューを設立するが[11]、赤字がかさんで1990年には無一文になってしまう。その際、養成学校の講師と演劇雑誌の編集長の話を持ちかけられる。三ツ矢にとってどちらも経験のない分野だったが、それを引き受け翌91年より養成に携わる。1997年には養成所「ミツヤプロジェクト」と劇団「アルターエゴ」を結成。

声優活動、ディズニー作品などの吹替えなどに出演する一方、声優育成のための後進指導を行う。『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』で初めて音響監督を担当して以降、スタッフ業にも進出(音響監督業では、録音演出またはアフレコ演出の肩書きも持つ)。
現在まで

2011年10月に、テレビ番組『お願い!ランキング』の声優特集に顔出し出演して以降、民放各局のバラエティ番組にゲスト出演することが増えている。

2013年、第7回声優アワード「富山敬賞」を受賞[21]

2017年1月25日に三ツ矢雄二、井上和彦、水島裕の3人でランティスからFULL KabsとしてCDをリリースした。同年のバラエティ番組でゲイをカミングアウトして以降、LGBTQの講演会などに講師として呼ばれるようになった[9]。また、東ちづるが理事長を務める“まぜこぜの社会”を目指す一般社団法人「Get in touch」に理事として参加している[注 5]
人物・特色

声種テノール[13]

声優としては、誇張された女性語(いわゆるオネエ言葉)を話す男性キャラクターを得意としているが、ほかにも真面目なキャラクターから間の抜けたキャラクターまで、年齢や性格を問わないさまざまな役を演じている。『魔物ハンター妖子』や『ナースエンジェルりりかSOS』では、男性でありながらヒロインの祖母役を演じた。

演劇でも舞台版『ミュージカル水色時代』『ミュージカル少女革命ウテナ』などの脚本・演出、『ミュージカル テニスの王子様』などの脚本・作詞を行うなど、演出家・脚本家・作詞家としても活動している。本人によれば「まさかの時の三ツ矢頼み」という言葉もできたほどだという[12]

また、声優ユニットバンド「スラップスティック」の初代キーボード担当として、数々のレコードをリリースし、テレビやライブなどで活躍した[22][23][24][25][26]

バラエティ番組などでは「オネエ」キャラとして知られていたが、自身の実際のセクシャリティについては「グレーゾーン」としてきた。しかし、2017年1月13日(同12日深夜)放送のテレビ東京じっくり聞いタロウ?スター近況(秘)報告?』出演時に、ゲイであることを告白した(詳細後述)。

1月9日、テレビ朝日にて放映された『人気声優200人が本気で選んだ!声優総選挙!3時間SP』で第24位に選ばれる[27]

趣味は吉方旅行、DVD鑑賞、読書[3]、気学[4]

座右の銘は「なるようになる」[4]。好きな言葉は「Going my way」「Take it easy」[10]

20歳の頃、「将来やりたいこと」として以下のことをノートに書き留めた。「劇団を作る」、「芝居の脚本を書く」、「レコードを出す」、「ミュージカルに出る」。これらの願いは、その後全部達成できたという[9]

2021年の秋に人間ドックで前立腺がんが見つかったが腫瘍が小さく、医師から「今の所まだ手術の必要はありません」と告げられたため、現在(2023年1月)は様子見の状態である[9]

元々酒が強く、以前は朝方まで飲むことも多かったが、2022年5月に膵炎にかかった(その後完治)ことを機に飲む量を減らし、休肝日も設けるようになった[9]

3人きょうだいの末っ子で姉と兄がいる[10][28][29]
エピソード
声優としての本格デビューの経緯

『プルルくん』への参加は、子役時代に世話になっていたNHKのディレクターに出会ったことがきっかけだった[4][11]。その後『プルルくん』の最終日の打ち上げで永井一郎から「きみ、面白い声しているね」[9]と『超電磁ロボ コン・バトラーV』のオーディションを勧められた。


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