最初は父のレオポルト経由でヨハン・ショーベルトなどの当時のヨーロッパで流行した作曲家たちの様式を、チェンバロ曲を中心に学んだ。その後、ヨハン・クリスティアン・バッハの影響をピアノ・管弦楽曲の双方で受けた。後期に入るとハイドンとヨハン・ゼバスティアン・バッハの影響が強い。
モーツァルトの作品はほとんどが長調で、装飾音の多い軽快で優美な曲が多い。聴衆にとっては、明るく華やかに聞こえる作品が多い。これは当時の音楽の流行を反映したもので、ロココ様式あるいはギャラント様式と呼ばれる。彼がおもに使用していたピアノの鍵盤が沈む深さは現代のピアノの約半分であり、軽快に演奏できるものであったことがその作風にも影響を与えた[16]。
晩年に向かうにつれて、長調の作品であっても深い哀しみを帯びた作品が増え、しばしば「天国的」と形容される。また、短調作品は少ないながら悲壮かつ哀愁あふれる曲調で、交響曲第40番ト短調のように人気が高い。
モーツァルトの時代にはポリフォニー音楽が流行遅れになり、ホモフォニー音楽が支配的になっていた。しかし彼はJ.S.バッハやヘンデルの作品を研究し、交響曲第41番の終楽章のように対位法を活用する手腕があった。