6月末、視覚効果会社のシネサイトが多くのショットを担当することを発表した[33]。同月末、『New York Magazine 』は以前の報道に反して、マシュー・フォックスもエド・ハリスも出演しないと報じた。フォックスはサミット・エンターテインメント製作の『I, Alex Cross 』とスケジュールが競合していた[34]。しかしながらフォックスは後にセットに現れ、ファルマスのシーンの撮影を行った[35]。
撮影グラスゴーでの撮影の様子(2011年8月)。
1億2500万ドルの製作費をかけ[20]、2011年7月にマルタで主要撮影が始まり、その数日後には撮影現場の画像が公開された[36]。
8月にはスコットランドのグラスゴーに撮影が移り、製作会社は2000人の地元エキストラを募集した[37]。少なくとも3000人がフィラデルフィアの金融地区のシーンのセットに出演することを望み、7月9日にグラスゴーでのキャスティングコールに現れた[38]。シーンはまた ファルマスでも撮られた[39]。また同月には『ゲーム・オブ・スローンズ』の出演者であるエリス・ガベルがキャストに加わった[40]。
2011年8月、ブライアン・クランストンが「小さいながらも派手な」役柄で出演するために交渉に入った[41]。また同月、撮影はスコットランドのグランジマウス(英語版)のグランジマウス精製所(英語版)周辺の道路で行われた。この場所は道路の長さが撮影に不可欠であるために選ばれた[42]。数日後、パラマウントは映画の公開日を2012年12月21日と発表した[43]。
同月末にグラスゴーでの撮影が開始された。ロケーションマネージャーはそこの建築物、広い道路、レイアウトが選ばれた理由であると語った[44]。2011年10月、デヴィッド・モースが「放置された刑務所で生き残った囚人」役にキャスティングされた[45]。
2011年10月10日夜にはブダペストでの撮影が始まった[46]。その朝、ハンガリーの対テロ部隊は撮影の小道具として銃が使われているとして、倉庫を強制捜査した[46]。アサルトライフル、スナイパーライフル、拳銃など85丁が民間航空機で一晩のうちにブダペストへ輸送されていたが、これらは「機能しない状態」のはずであったが、実際には使用可能となっていた[46][47]。2012年2月10日、どの「団体あるいは個人」が「所有権」を所持しているか調査者が正確に識別することができず、したがって「誰に刑事的責任があるか確証することができなかった」ために告訴は取り下げられた[48]。 2012年5月、7週間の追加撮影のために製作班がブダペストに戻ると報じられた[49]。翌月、脚本家のデイモン・リンデロフが映画の第3幕部分を書き直すために雇われ、2012年9月または10月に再撮影を開始するスケジュールが組まれた[50]。しかしながらリンデロフは『プロメテウス』や『スター・トレック イントゥ・ダークネス』の仕事で忙しく、脚本の結末を書く時間が無かった。 そのため、2012年7月にパラマウントはリンデロフと『LOST』で組んだドリュー・ゴダードを雇った[51]。リンデロフは脚本の結末部分が「急激かつ支離滅裂」であると説明し、30から40分の追加映像が必要であることを示した。これにより製作費は2億ドルまで膨れ上がり、パラマウントの社長に衝撃を与えた[2]。 2013年3月、パラマウントが中国での公開対策のために作中でのゾンビの発生原因が中国からであることを示す場面を変更したことが報じられた[52]。また同社は本作を夏期のブロックバスター作品として一般向けの内容とするために一部の場面をカットした[53]。
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