ワープロ
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当初から構文解析を行い、文節単位、熟語単位の変換が可能となっており、同音語の学習機能も備えていた[6][7]。かな漢字変換機構は、単に日本語ワードプロセッサ専用機の実用化だけではなく、汎用コンピュータに限らず電子手帳や携帯電話等の電子機器も含めた、広い意味でのコンピュータによる日本語利用を普及させるための核心となる技術であった。

1979年(昭和54年)3月、沖電気が OKI WORD EDITOR-200 を発表。キーボード入力を採用し、漢字入力は1字ごとに変換する方式であった。音読みでかな入力すると同じ読みの漢字がリスト表示され、その中から入力したい文字を選択するかたちである[8][9]

同年9月、シャープが書院WD-3000を発表。キーボード入力・かな漢字変換ではなく、タッチペン方式であった[10]。キーボードの方が能率がいいのはわかっていたが、「キーボードアレルギー」対策だとのことである[11]
「ワープロ」の普及

1980年(昭和55年)より電機メーカー、事務機メーカーなどが次々と日本語ワープロ市場に参入し、競争により価格も下がり、大手企業への導入が進んだ。同年に平均単価200万円だったワープロの価格は、1985年(昭和60年)には16.4万円と劇的に下がった[12]。なお古瀬幸広によれば「ワープロ」の略称が一般に普及したのは、1982年に関取の高見山を起用した富士通のワープロ「マイオアシス」のコマーシャルとしている[13]。同年5月6日(NEC文豪NWP-11N発表の4日前)に富士通が発表したマイオアシスの価格は75万円であった[14]
パーソナルワープロブーム

1985年(昭和60年)のビジネスシヨウカシオが59,800円のカシオワードHW-100を披露し衝撃を与え、それに対してキヤノンが49,800円のPW-10Eを出して追随するなどワープロは一気に低価格化し、マスコミには「電卓戦争の再現」として取り上げられるようになった。ソニーセイコーエプソンなどの企業も参入し、パーソナルワープロブームとなった[15]

1980年代後半には、ワープロ専用機は、持ち運びが可能な大きさまで小型化されたパーソナルワープロとして、中小企業や個人への導入が始まった[16]東芝Rupo JW-P22(K)(1986年3月発売)と、別売のマイクロフロッピーディスクユニット JW-F201

この頃の個人向けパーソナルワープロは、本体にキーボードに一体化されたプリンタと数行程度の液晶表示パネルを備える専用機であり、文章の作成、校正編集印刷などの機能を持つだけであった。機械の性能が向上するに連れて、液晶表示パネルの表示行数が増加し文書全体のレイアウトを把握しやすくなり、また印字機能の発達により明朝体のみだった印刷フォントゴシック体毛筆体など種類が増え、写植に匹敵するような高精細な印字が可能となった。さらには図形の描画・絵文字・はがき印刷(表面・裏面)や、カード型データベース住所録表計算パソコン通信などの付加機能も搭載されているものが増え、テキストの処理に関しては当時のパーソナルコンピュータ(パソコン)と同等以上の高機能となった。

また、1980年代にはこれら個人向け製品の流れとは別に、ビジネス用途としてワークステーションに漢字処理機能が搭載されパーソナルワープロ同様の機能に加え様々な組版機能が盛り込まれた物が登場する。これらの多くは企業内での文書作成の写植システムとして活用され、パーソナルワープロとは別の道を歩むこととなった。

その一方でパーソナルコンピュータには漢字ROMが搭載され、BASIC(当時はオペレーティングシステム (OS) も兼ねていた)でも漢字を使用することができるようになり、安価なワープロソフトやプリンタが登場するに至った。この後、パソコンの代表機種であるPC/AT互換機で漢字ROM無しに漢字処理ができるようになり、パソコンの普及は加速するに至る。1988年にDIMEが紙面企画としてメーカー各社(NEC、キヤノン、シャープ、東芝、富士通、松下電器)にワープロ専用機とパソコンの関係について質問状を送ったが、全社が併存する残るという回答をしている[17]。なおパソコンも生産していたNECは、ハードウェアなどの共通性から片方が消えても名称が変わっただけ、という趣旨の回答もしている[17]
ワープロ専用機の生産終了

1990年代に入ると画面が白黒からカラー液晶へと進化を見せる部分があるものの、パソコンやワープロソフトの低価格化、安価なパソコン用高性能プリンターの登場などによりシェアを奪われ、普及し始めたインターネットへのアクセスも悪かったため、その売れ行きは落ちた。出荷台数は1989年平成元年)、出荷金額は1991年(平成3年)をピークに漸減し、ワープロ専用機の世帯普及率も1998年(平成10年)をピークに急低下、1999年(平成11年)にはついにパソコンの売上がワープロ専用機の売上を逆転した。

2000年(平成12年)2月にシャープが「書院」シリーズの「WD-CP2」を発表したのを最後に新機種は出なくなり、2003年(平成15年)9月末に同機種と「WD-VP3」「WD-MF01」の3機種が生産中止となったことにより、ワープロ専用機は全社で製造を終了した。企業内での文書作成も、一般のビジネスソフトと市販プリンタで代替されていき姿を消した。

ワープロ専用機で作られた多くの文書資産をどうパソコンに移行させるかは、多くの企業にとって悩みの種だった。とりわけ専用機は罫線や振り仮名などで各社独自の工夫でデータ処理していた。パソコン側のソフトウェアでも変換機能を搭載したものもあるが、罫線や各社の絵文字、記号などは変換することはできず、また同じメーカーでも機能の多様化で処理方法が変化したりしており、本文のテキスト化がせいぜいといった程度であった。このため、各社ともにワープロの終焉とともにパソコンでの再現性を高め、データを移行させるためのソフトウェアの開発が求められた。それは必ずしも完全な復元を約束したものではなかったが、それなりに再現でき、一定の役割を果たした。

「Power書院」[18][19]・「Rupo Writer」[20]・「キヤノワードJ for Windows」[21]、またIMEとして「Rupo ACE」[22]が発売されていたが、いずれも販売を終了している。2018年時点でも未だ「OASYS V10」[23]のみ開発・販売が続けられていたが、2020年9月30日を以て個人向けの販売が終了し、法人向けもそれに続く。サポートは2023年まで継続される。リコーでは2009年にワープロ専用機のシステムFDコピーおよび文書コンバートサービスが、さらに 2017年にはお問い合わせ窓口の対応が終了した。
生産終了後の諸問題

この節には独自研究が含まれているおそれがあります。問題箇所を検証出典を追加して、記事の改善にご協力ください。議論はノートを参照してください。(2022年3月)

ワープロ専用機を支持する熱心なユーザーも多く、中古機市場での相場が上昇したこともある。21世紀に入ってからもオークションなどでは連日のように状態を問わず取引されている。その反面、ワープロ専用機の利用者は積極的にインターネットでの情報交換を行わない傾向が強い。レトロゲームや万年筆のような骨董品的価値を見出す動きもそれほど無いため、既に動態状態かつ付属品が全て揃っている資料的価値の高いのものが絶滅してしまったと思われる機種も出始めている。

ワープロ専用機のユーザーが根強くいる理由には、1960年代中期までに生まれた世代には慣れ親しんだワープロ専用機への愛着が強いこと、小説家、翻訳家など文筆業などで連続稼働をしてもクラッシュを起こさない作業環境の高い安定性と快適さ[注釈 2]、キーボードの品質の高さ、ネットワーク経由での情報漏洩を懸念している現場、昭和?バブル家電の収集愛好家からの支持などである。

さらに、ワープロ専用機は必要な機能が本体ハードウエアに一体化されており電源を入れるだけですぐ使えること、パソコンのような色々な操作やパッチ(フィックス)適用などがほぼ不要なことが挙げられる(逆に言えば7桁郵便番号への対応などが殆どの機種で行えない)。

インクリボンや印字用紙の生産終了(TYPE-W型のインクリボン採用機など)、押入れや屋根裏部屋、ロフト、床下収納、車庫、物置など高温多湿下の劣悪な保管環境による液晶パネルの画面焼け(ビネガーシンドローム、システムディスクの破損)、システムディスク原本の破損や紛失(劣化やカビ、著作権法の制約による修理不能問題)、乾電池を抜かずに保管した結果として電池の液漏れによるメイン基板の破損、メーカーからの一部修理業者に対する訴訟リスクによる廃業[注釈 3]、ベルトドライブ方式のフロッピーディスクドライブの補修部品供給終了、フロッピーディスク媒体の入手性低下[注釈 4]、用紙送りノブの破損、プリンタのローラのゴムの劣化、修理費の高騰などにより年々維持が難しくなりつつあるのが実状である[注釈 5]

ワープロの製造・修理サポートが終了以後は、修理専門の業者が既存で残った製品の部品から使えるものを選び出し、壊れた製品のそれと交換するかたち(いわゆるニコイチ修理)でしのいでいる[24]

なお、大昔のワープロでインターネットサイトを閲覧しようとしてもその後登場した技術・規格に対応していないため、しっかり表示できるのはインターネット黎明期に誕生したサイトやテキストサイト程度である。2018年、ねとらぼが1997年のワープロでインターネットに接続したところ、Googleの通常検索と画像検索は使えるが地図検索は使用不能、ニュースサイトは閲覧できるがレイアウトが大きくずれる、さらにニコニコ動画などの動画サイトは動画ウィンドウが表示されないなど、実用に堪えず、「まともなブラウジングはできません」「無間地獄」と評している[25]


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