ワシントン_(BB-56)
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大和型戦艦の同世代艦であり[8][9]、火力と装甲で若干見劣りするが[10]、ほぼ同等の速力を発揮できる。1941年(昭和16年)5月15日に竣工後[11]、修理と整備をおこない、アメリカ東海岸や大西洋で活動した。1942年(昭和17年)前半はイギリス海軍の指揮下に入り、本国艦隊(司令長官ジョン・トーヴィー大将)に所属してスカパ・フローアイスランドを拠点に行動したが、ドイツ海軍の戦艦ティルピッツと遭遇する機会はなかった[12]。7月上旬のPQ17船団護衛では[13][14]、ティルピッツ以下のドイツ艦隊出撃を警戒するあまり航空機とUボートの襲撃で大被害を被った[15][16]

同年8月以降は太平洋に配置転換され、ウィリス・A・リー少将の旗艦となってガダルカナル島攻防戦に参加する。10月中旬以降はレンネル島近海を行動し、ガダルカナル島に接近する日本艦隊を警戒した(南太平洋海戦[17]。11月中旬の第三次ソロモン海戦では[18]、リー提督直率部隊(戦艦ワシントン、戦艦サウスダコタ、駆逐艦4隻)として鉄底海峡に突入し、ヘンダーソン飛行場砲撃を目指す第二艦隊(旗艦愛宕)と交戦する[注釈 3]。戦艦霧島と駆逐艦綾波を撃沈して連合軍の勝利に貢献した[22][23]。その後も米軍機動部隊の護衛や、上陸作戦での対地砲撃支援をおこなった。マリアナ沖海戦レイテ沖海戦では戦艦大和との対決を望んでいたにもかかわらず[24]、実現しなかった。太平洋戦争終結後、まもなく予備艦となった。
艦歴
第二次世界大戦

ワシントンは1938年(昭和13年)6月14日フィラデルフィア海軍工廠で起工[3]。1940年(昭和15年)6月1日にヴァージニア・マーシャル(ジョン・マーシャルの直系の子孫)によって命名され[25]、進水した[注釈 4]。1941年(昭和16年)5月15日、フィラデルフィア海軍工廠内において初代艦長ハワード・H・J・ベンソン大佐の指揮下、ワシントンは就役する。


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