ロード・オブ・ザ・リング_(映画シリーズ)
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ガンダルフ役は初めショーン・コネリーにオファーしたが、出演を固辞したため、イアン・マッケランにより撮影されることとなった[20]


三部作の戦闘や剣技シーンの開発は、元フェンシング選手でありダース・ベイダーのアクションシーンを担当したボブ・アンダーソンに依頼された。アンダーソンはヴィゴ・モーテンセンカール・アーバンらの直接指導も担当した[21]。これらの指導シーンはドキュメンタリー映画『Reclaiming the Blade』で見ることが出来る[22]
プロダクションデザインアラン・リー(2005年8月)詳細は「en:Production design of The Lord of the Rings film series」を参照

1997年8月よりジャクソンはクリスチャン・リヴァースと共にストーリーボーディングを開始し、同時に中つ国のデザインをスタッフに指示した[23]。ジャクソンはリチャード・テイラーを雇い、ウェタ・ワークショップ(英語版)を指導させた。1997年11月[16]、トールキン作品の挿絵画家として知られるアラン・リー(英語版)とジョン・ハウ(英語版)がプロジェクトに加わった。映画のイメージの多くは、彼らのイラストがベースとなっている[24]

ジャクソンの中つ国のビジョンは、ランティ・クックにより「レイ・ハリーハウゼン・ミーツ・デヴィッド・リーン」であると説明された[25]。ジャクソンは砂まみれのリアリズムと歴史的関係をファンタジーに望み、世界観が合理的で説得力が出ると信じた。例えば、植物が本当に成長できるようにニュージーランド軍にはホビット庄を撮影の数ヶ月前から建築させていた[26]指輪の幽鬼といったクリーチャーたちは、生物学的に説得力があるように設計された[27]。ウェタ・ワークショップでは合計で鎧が4万8000個、弓が500本、矢が1万本作られた[28]。また彼らは、ホビットの足の義肢を1800組[16]、さらに付け耳、鼻、頭、そして1万9000の衣裳を作り上げた[16]。すべての小道具はスケールの違いを考慮され、美術部門によって設計された[16]
撮影詳細は「en:Principal photography of The Lord of the Rings film series」および「ホビット村映画セット(英語版)」を参照

全3作品の撮影は1999年10月11日から2000年12月22日までの438日のあいだに、ニュージーランドの保全地域と国立公園内の多数の場所で同時に行われた。ピックアップ(英語版)撮影が2001年から2004年まで毎年行われた。三部作の撮影はウェリントンクイーンズタウン周辺で150箇所以上[28]を7つの撮影班を使って行われた。ジャクソンは全体の製作を監督し、ジョン・マーフィー、ジェフ・マーフィーフラン・ウォルシュ、バリー・オズボーン、リック・ポラス、その他の活動可能な助監督、プロデューサー、脚本家が別班監督を務めた。ジャクソンは衛星中継でこれらの別班をモニターし、脚本の書き直しを行い、一晩の睡眠時間は4時間ほどであった[19]。離れた場所に出向き、ヘリコプターが到着できずに帰宅困難である場合に備えて、スタッフたちはサバイバルキットを携帯した[16]。ニュージーランド自然保護局は 環境への悪影響を十分に考慮せず、公衆に通知することなく国立公園内での撮影を承認したために批判された[29]トンガリロ国立公園での戦闘シーンの撮影の悪影響により、公園は後に復興工事をすることとなった[30]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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