ロックンロールの殿堂(ロックンロールのでんどう、英: Rock and Roll Hall of Fame, RRHOF)は、アメリカ合衆国のオハイオ州クリーブランドに位置する博物館で、ロックンロールの歴史やその発展に影響を与えたアーティスト、プロデューサー、エンジニアなどの著名人を展示記録している、エリー湖畔にある施設である。
運営を行うロックンロールの殿堂財団は、アトランティック・レコードの創始者で当時会長だったアーメット・アーティガンによって1983年4月20日に創設された。クリーブランド市は1986年にこの殿堂の恒久本拠地として選ばれた。建築家I・M・ペイが現在の博物館を設計し、1995年9月1日に開館した。
以前、日本では「ロックの殿堂」がハリウッドにあるロック・ウォークを指していたことがあり[注釈 1]、両者の混同を避けるため、本項ではクリーブランドにある施設を「ロックンロールの殿堂」と忠実に表記する。 ロックンロールの殿堂財団は1983年にアーメット・アーティガンによって創設され、彼は『ローリング・ストーン』編集者兼発行人のヤン・S・ウェナー
ロックンロールの殿堂財団
クリーブランドは同博物館の誘致活動を展開して、市民団体のリーダー達が建設基金として公金6500万ドルを約束したり、地元局DJのアラン・フリードが「ロックンロール」を造語してこの新ジャンルを大幅に推進させたことを挙げたり、クリーブランドが最初の大きなロックコンサート (Moondog Coronation Ball) の場所になったことを引き合いに出したりもした。なお、フリードは1986年に殿堂入りした最初の殿堂メンバーである[4]。さらにクリーブランドは、最初の米国ツアーをこの都市で始めたデヴィッド・ボウイや、1970年代と1980年代にアメリカで幾つかの主要曲を大ヒットさせる上で重要な役割を果たしたラジオ局WMMSを引き合いに出した[5]。
クリーブランドの財界首脳やメディア企業がオハイオ州住民60万人による署名の支持を掲げる嘆願書をまとめ上げ、1986年に『USA Today』誌でどこに殿堂を設置すべきかを尋ねた集計では、クリーブランドが1位になった。1986年5月5日、殿堂財団はロックンロールの殿堂博物館の恒久的な本拠地としてクリーブランドを選んだ。なお、クリーブランドは市が最高の融資提案を出したために運営場所として選択された可能性がある。現地プレーン・ディーラー紙の音楽評論家マイケル・ノーマンは「それは6500万ドルだった。[中略]クリーブランドはこの地にそれを望んでお金を出した」と述べている[要出典]。
殿堂博物館の建設場所に関する初期の議論で、財団理事会はクリーブランドの繁華街でカヤホガ川沿岸を想定していた。最終的に選ばれた場所は、エリー湖を臨む東9番通り(East Ninth Street)沿い、クリーブランド・スタジアムの東となった。資金調達にズレが生じた計画段階のある時、当時の空きビル(May Company Building)にロックンロールの殿堂を置く提案もあったが、最終的に建築家I・M・ペイに新しい建物の設計を依頼することに決まった。最初のCEOであるラリー・R・トンプソン博士がこの設計でI・M・ペイを手助けした。ペイが、ガラスのピラミッドとそこから突き出た塔のアイデアを思い付いた。博物館の塔はもともと高さ200フィート(61m)になる予定であったが、バークレイク・フロント空港に近いため高さを49mに下げなければならなくなった。建物の基礎は約14,000m2である。 1993年6月7日に行われた起工式には、ピート・タウンゼンド、チャック・ベリー、ビリー・ジョエル、サム・フィリップス、ルース・ブラウン、サム・ムーア、カール・ガードナー、デイブ・ピアナーらが姿を見せた[6]。 博物館は1995年9月1日に竣工し、テープカットは1万人以上の観衆の前でオノ・ヨーコやリトル・リチャードらによって行われた。その翌晩にクリーブランド・スタジアムではオールスターコンサートが開催され[7] 、起工式にも出席したチャック・ベリーや、ボブ・ディラン、アル・グリーン、ジェリー・リー・ルイス、アレサ・フランクリン、ブルース・スプリングスティーン、イギー・ポップ、ジョン・フォガティ、ジョン・メレンキャンプ、その他大勢が出演した[6]。 殿堂入り達成者(inductee)に加えて、同博物館は殿堂入り状況に関係なくロックンロールの歴史全体を記録している。殿堂入り達成者はエリー湖に突き出た位置にある特別展示場で表彰される[6]。 1986年以来、ロックンロールの殿堂は新しい殿堂達成者を選出している。正式な殿堂入りの式典はニューヨーク市で26回開催されたほか、ロサンゼルスで2回、 クリーブランドの殿堂で5回行われている。2018年現在、殿堂入りの式典はニューヨークとクリーブランドとで毎年交代開催となっている[8]。 2009年と2012年の殿堂入り週間は、クリーブランド市、オハイオ州、ロックンロールの殿堂、地元の財団、企業、市民団体、個人間の官民連携
殿堂博物館の建物
数百万人がこのクリーブランドでの殿堂入りテレビ放送を視聴し、数万人がこのイベントに参加するため殿堂入り週間にオハイオ州へやって来た。2009年の殿堂入り週間イベントによる経済的影響は1300万ドルを超え、加えてこの地域に2000万ドル相当のメディア露出をもたらした。2012年の殿堂入り週間でも同様の結果が得られた[10]。
各階 ロックンロールの殿堂(左)はエリー湖のほとりに鎮座し、五大湖科学センター (Great Lakes Science Center) がその隣(右)にある。
この建物は7階建てである。地下1階には博物館のメインギャラリーであるアーメット・アーティガン展示ホールがある。ここにはロックンロールのルーツ(ゴスペル、ブルース、R&B、フォーク、カントリー、ブルーグラス)の展示がある。また、ロックンロールに大きな影響を与えた都市(メンフィス、デトロイト、ロンドン、リバプール、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ニューヨーク、シアトルなど)の展示も行っている。他にもソウルミュージック、1950年代の楽曲、サン・レコード、ヒップホップ、クリーブランドにおけるロックンロールの遺産、中西部の音楽、ロックンロール・ラジオとDJ、ロックンロールに対する多くの抗議に関する展示がある。