1867年創刊。創刊から現在に至るまで文芸・哲学・自然科学・社会科学など広範なジャンルの本を廉価で人々に提供しており、その活動はドイツ語圏の人々の知識向上・教育の拠り所のひとつになっている。そして、遠く離れた日本などでも、ドイツ語圏の文化に触れるためには欠かせないほどのよく知られた存在となっている。またこのレクラム文庫は日本における文庫本の発祥ともいえる岩波文庫のモデルとなった。
現在のウニヴェルザール・ビブリオテーク[2]と呼ばれている黄色いカバーの文庫本の出版元としても知られているレクラム出版社であるが、創業当時は、ドイツでは図書に関する著作権が決まっておらず[3]、廉価な価格で人々に本をと思っても、本が出版できなかった。しかし1867年にドイツの国会で、著作権の保護期間を著者の死後30年とする法律が決まり、レクラムも自由な出版ができるようになった。
記念すべき第一号はゲーテの『ファウスト』であった。他同時発刊としてゴットホルト・エフライム・レッシングの『賢者ナータン』、外国物であるウィリアム・シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』、他の作品が登場した。作品のジャンルも、文学・哲学・オペラ・古典等多岐にわたり、月に10冊というハイペースで刊行。この文庫本の普及により廉価で人々に本が行き渡るようになり、ドイツ語圏の人々の知識向上に貢献した。また学者や文人からも熱烈な歓迎を受けた。
その後も刊行を続け、1959年には1,000巻を数え、現在では約2,800タイトルを数える。
脚注^ junはjuniorの意。
^ 「世界文庫」や「百科文庫」、「ユニバーサル文庫」など原語に即した訳名もあるが、日本では出版社名をとったレクラム文庫Reclam-Bibliothekの名で呼ばれることが多い。
^ 無期限に著作者に所有されていた。
関連項目
岩波文庫
外部リンク.mw-parser-output .side-box{margin:4px 0;box-sizing:border-box;border:1px solid #aaa;font-size:88%;line-height:1.25em;background-color:#f9f9f9;display:flow-root}.mw-parser-output .side-box-abovebelow,.mw-parser-output .side-box-text{padding:0.25em 0.9em}.mw-parser-output .side-box-image{padding:2px 0 2px 0.9em;text-align:center}.mw-parser-output .side-box-imageright{padding:2px 0.9em 2px 0;text-align:center}@media(min-width:500px){.mw-parser-output .side-box-flex{display:flex;align-items:center}.mw-parser-output .side-box-text{flex:1}}@media(min-width:720px){.mw-parser-output .side-box{width:238px}.mw-parser-output .side-box-right{clear:right;float:right;margin-left:1em}.mw-parser-output .side-box-left{margin-right:1em}}ウィキメディア・コモンズには、レクラム出版社に関連するカテゴリがあります。
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