リオ・グランデ川
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水源の標高3,658[1] m
河口・合流先メキシコ湾
流域アメリカ合衆国 (52.1%)
メキシコ (47.9%)
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リオ・グランデ川(リオ・グランデがわ、Rio Grande)は、アメリカ合衆国コロラド州から流れ出しメキシコ湾へ注ぐである。スペイン語で、リオ(Rio)は川を意味し、リオ・グランデ(Rio Grande)は、「大きな川」という意味。(したがって、「リオ・グランデ川」は、重言になる。)

メキシコでは、リオ・ブラーボ(Rio Bravo、怒れる川)またはリオ・ブラーボ・デル・ノルテ(Rio Bravo del Norte、北の怒れる川)とも呼ぶ。アメリカ合衆国では、スペイン語名に「川」を意味する英語 river を付けて Rio Grande river と呼ぶこともある(ただし、重言)。
地理

コロラド州のサンフアン山地(英語版)に源を発し、サンルイス谷(英語版)を流れてニューメキシコ州に入る。アルバカーキラスクルーセスを流れ、テキサス州エルパソに至る。エルパソ、シウダ・フアーレスから下流は、1845年からアメリカとメキシコ国境となっている。南東へ流れマタモーロスの東側に小さな三角州を形成しメキシコ湾に注ぐ。

リオ・グランデ川は高い山地を源流とし、かなりの部分は標高の高い場所を流れる。エルパソの地点での標高は1,147mある。ニューメキシコ州ではリオ・グランデ地溝(英語版)を流れ、エルパソからは東にチワワ砂漠の中を流れる。亜熱帯であるリオ・グランデ谷(英語版)では大規模な灌漑農業が行われている。長期間雨がほとんど降らないと、水は海まで到達しなくなる。

河口の三角州一帯には塩性湿地が広がり、ハニーメスキート(英語版)、アカシア・リジデュラ(英語版)、カステラ・トルトゥオサ(スペイン語版)などの樹種およびHalodule wrightii(英語版)などの海草が生え、ダイゼンミユビシギアメリカヒバリシギ、フエコチドリ(英語版)、アメリカホシハジロオナガガモなどの鳥類およびジャガーオセロットジャガーネコピューマボブキャットなどの哺乳類が生息している[2][3]。付近の湾岸平野(英語版)にはタマウリパン・メスキータル(英語版)という乾燥気候エコリージョンがあり、その上にタマウリパン・マトラル(英語版)が広がる。古代にはリオ・グランデ川の流れはリオ・グランデ地溝内の塩湖で終わっていたが、およそ100万年前に大規模な河川争奪が発生して以降、東に流れるようになった。

支流はペコス川、コンチョス川(スペイン語版)、サラド川、サンフアン川(スペイン語版)など。

中流部にはビッグ・ベンド国立公園[4]、河口の三角州南側のメキシコ湾沿いにはラムサール条約登録地のマドレ湖(スペイン語版)があり[2][3]、それぞれユネスコ生物圏保護区に指定されている。
国際河川

国境の川をはさんで向かい合う「米墨双子都市」と呼ばれる都市の組みがいくつかある。エルパソシウダ・フアーレスラレードヌエボ・ラレードマッカレンレイノサブラウンズヴィルマタモーロスなどである。

1906年には蛇行するリオ・グランデ川の本来アメリカ合衆国の土地であったはずの川の北側の部分が、開削による河道のショートカットによって川の南側になってしまったので、1967年までの60年間はメキシコ領となっていた。その忘れ去られた土地に作られたリオ・リコと呼ばれる街がアメリカ領とメキシコ領のどちらかで両国は揉めていたが、1977年に協議がまとまって正式にメキシコ領の街となった。
移民の渡河

メキシコからアメリカに向け川を渡る不法移民は後を絶たず、しばしば川を渡り切れずに溺死する例も見られる。2019年には、2歳児を含む親子が死亡、アメリカ民主党は不法移民に否定的なドナルド・トランプ大統領を批判する材料としたが、大統領側は「民主党が成立を阻んでいる法律さえあれば、こうした人々は来ないだろう。」として一蹴している[5]。2020年代も移民の渡河は続いたことから、テキサス州はイーグルパスに渡河を阻害する直線状のブイを設置した。このブイが障害となって水死者が出たことから、メキシコのロペス・オブラドール大統領は非人道的であるとしてテキサス州を非難した[6]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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