ラスク書簡
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ラスク書簡による米国政府の回答
日本の主権の放棄

日本の朝鮮に対する
主権の放棄を1945年 8月9日とはしない。[12] 

韓国政府は1945年8月9日(日本のポツダム宣言受諾)をもって、日本が朝鮮(竹島も含む)に対する全ての主権を放棄したことにするよう要求したが、それに対する回答は「米国政府はポツダム宣言の受諾をもって全ての主権を日本が放棄したとは思わない」というものだった。ラスク書簡に先立って行われた会談においても、ダレスからポツダム宣言が技術的に主権の放棄を構成しないこと及び1945年8月9日に効果を遡及する条項を講和条約に含むことを検討する旨を告げられ、梁裕燦・韓国駐米大使は「そうなれば韓国政府は満足するだろう」と返答した。結果的に効果の遡及条項は講和条約に盛り込まれなかった。韓国政府がSCAPN677を根拠とした主権移転の主張をするようになったのは、サンフランシスコ講和条約が署名された後の1951年9月8日以降である。[13]
竹島の扱い英語原文(日本語訳)

(略)・・・As regards the island of Dokdo, otherwise known as Takeshima or Liancourt Rocks, this normally uninhabited rock formation was according to our information never treated as part of Korea and, since about 1905, has been under the jurisdiction of the Oki Islands Branch Office of Shimane Prefecture of Japan. The island does not appear ever before to have been claimed by Korea. ・・・(略)(独島、もしくは竹島またはリアンクール岩に関して、この普段無人の島嶼は、我々の情報によれば、韓国の一部として扱われたことは一度もなく、1905年頃から日本の島根県隠岐島庁の管轄下にあります。この島は、韓国によって権利の主張がなされていることが、これまで明らかになっていません。)
マッカーサー・ライン英語原文(日本語訳)

(略)・・・It is desired to point out, however, that the so-called MacArthur line will stand until the treaty comes into force, and that Korea, which obtains the benefits of Article 9, will have the opportunity of negotiating a fishing agreement with Japan prior to that date.・・・(略)(しかしながら、いわゆるマッカーサー・ラインは条約が発効するまで有効であり、9条の利益を得る韓国は、当該発効日までに日本と漁業協定を協議する機会を得られることを強く指摘します。)

マッカーサー・ラインサンフランシスコ平和条約締結後は有効ではない[14]


米国政府は、サンフランシスコ平和条約以後に効力を持たないと回答しつつ、韓国政府は平和条約第9条の規定(日本は希望する連合国と速やかに漁業協定の交渉をしなくてはならない)の利益をうけることができるとして、戦後の日本・韓国間の漁業活動区域についてはマッカーサー・ラインに拠ることなく、二国間で協議して新たに協定を結ぶべきとしている。

しかし、韓国の李承晩大統領はサンフランシスコ平和条約が発効する1952年(昭和27年)4月28日直前の、同年1月18日にマッカーサーラインとほぼ同じ李承晩ラインを一方的に宣言した。日本はこれを認めていないが、李承晩ラインを越えた日本漁船は韓国警備艇に銃撃され、極めて多くの日本人拿捕され長期間拘留されている。
戦後の個人財産の保障

日本は在日個人財産を保障する必要はない
[15]

米国政府は、日本により在日韓国人の財産は侵されていない、当時は日本国民としての地位を有していたことからすると日本が当該財産について補償する必要はない、と回答している。
米国によるラスク書簡の認識の再通知及び韓国政府の隠蔽とその影響

サンフランシスコ平和条約後、日米安保条約に基づく行政協定において1952年7月に竹島を爆撃演習地とすることが日米間で合意されたが[16]、日米に無断で竹島の調査をしていた韓国人が爆撃に遭遇し韓国政府がアメリカに抗議を行った。1952年12月4日に韓国の書簡の「韓国領の独島」に対して、釜山の米大使館は「アメリカの竹島の地位に関する認識はラスク書簡のとおりである」と韓国外交部に再度通知を行った。[17]しかし、1955年に韓国外交部が作成した「獨島問題概論」では、このラスク書簡に触れた部分を「etc.」と省略して掲載している。[18]

韓国の国際法学者の金明基は、日本政府の竹島問題10ポイントのラスク書簡に触れたポイント7に反駁している。この中で、ラスク書簡後に米国は竹島を韓国領土と考えていたとし、その証拠としてラスク書簡部分が省略された「獨島問題概論」の米大使館の外交文書を掲げている[2]。韓国政府の隠蔽により、ラスク書簡を再通知した文書がラスク書簡を否定する証拠にされてしまう等の混乱が生じている。[19]
ラスク書簡の持つ意味
意味合い

韓国政府による竹島の領有権の主張には以下のようなものがある。日本国との平和条約の第2条に竹島の記載がないのは、竹島を日本の領土と認めているからではない。

そもそも、連合軍の占領統治という一種の行政権限しか持たなかったマッカーサー司令部に領土権を示す権限があったかのように主張する韓国側の主張がおかしい。マッカーサー司令部は、当時の韓国李承晩政権の強引な解釈を予知してSCAPIN677の6条で断っているのがその証拠である。SCAPIN-1033によって画定されたマッカーサー・ラインは現在も有効であり、李承晩ラインは正当ではない。

しかし、このラスク書簡により、条約第2条の日本の放棄領土に竹島の記載がないのは、米国政府としてはそれが日本の領土と考えていたことが確認できる。また、マッカーサー・ラインは平和条約発効後の日本の漁業操業区域まで規定するものではないとも明記されている[20]


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