ラジアルタイヤ
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また、トレッド面が変形しがたいということは、上記のような低速・低空気圧下の特殊条件における、トレッド面の変形を利用した自己洗浄作用やグリップ回復性能も低いということにもなる。このような欠点が、特殊条件下の用途に用いられるノビータイヤでは、現在でもバイアスタイヤが積極的に利用される理由にもなっている[13]。また、歴史の項のフォード・ファルコンの事例でも明らかなように、いわゆる旧車の中には、乗用車であってもサスペンションがプリミティブに過ぎて、ラジアルタイヤを使用するとかえって乗り心地が悪くなりすぎたり[14]、ステアリング特性が鋭敏になりすぎる可能性もあるため、こうした場合にも限定的にバイアスタイヤが選択される場合もある。

また、カーカスとトレッドの間にベルトを挟む構造上、カーカス、トレッド、ベルトを別工程で制作して最後に金型で圧縮接合する必要があり、カーカスコードが巻かれたドラムにゴムを流し込んで圧縮すればよいバイアスタイヤに比較して、複雑な工程と多数の工作機械、接合後もタイヤバランスや真円度を保つための高度な技術力が要求され、製品の価格も高価となる欠点がある。なお、ラジアルタイヤの中の鋼線はタイヤが回転する際に磁界を発生する。それは車が動いているとき、タイヤハウスの周辺でEMFメーターによって10から数百ヘルツの数値で計測される[15]
その他の形式
バイアスベルテッドタイヤ

バイアスベルテッドタイヤ (Bias belted tire)、またはベルテッドバイアスタイヤ (Belted bias tire) とは、バイアスタイヤのカーカスコードとトレッドの間に、ラジアルタイヤと同様のブレーカーコード(ベルト)を配置したものである。このような構造は、バイアスタイヤの利点である乗り心地の良さを生かしつつも、バイアスタイヤの欠点であるトレッドの強度を増加させるために、高速域での性能が向上し、転がり抵抗の低減を図ることができる。

カーカスコードの角度とブレーカーコードの角度の組み合わせによって、バイアスタイヤと比較した性能は様々に変化する。ブレーカーコードは一般的には鋼線が用いられることが多く、タイヤのサイドウォールにはBIAS-BELTEDと表記されることが多い。

今日ではアメリカ車に代表されるハイパフォーマンスな旧車や、オートバイ、特に高速性能と同時に乗り心地をも重視したクルーザー(アメリカン)タイプに用いられることが多く、ラジアルタイヤとバイアスタイヤの中間の性能を持つことから、セミラジアルタイヤと呼ばれる場合もある。
各形式の表記詳細は「タイヤ#表示」を参照

ラジアルタイヤおよびその他の形式のタイヤは、タイヤのサイズ規格上に表記法が明記されており、サイズ表記から容易にタイヤ構造の判別をも行うことができる。メトリック表記(例 : 225/50R16)でも、インチ表記(例 : 5.00-10)でも使用される文字は同じであり、前者の場合にはタイヤ幅/偏平率とタイヤサイズの間、後者の場合にはタイヤ幅とタイヤサイズの間に、タイヤ構造を示すアルファベットか記号が表記される。

国土交通省の技術基準[16]においては、自動車用、オートバイ用ともにラジアルタイヤの場合にはR、バイアスタイヤの場合にはDもしくは-(ハイフン)、バイアスベルテッドタイヤの場合にはBが使用されることとされており、このタイヤサイズ表記とは別に、サイドウォール上にもタイヤ構造が英文で直接明記されている場合も多い。
モータースポーツ

ラジアルタイヤは1960年代より急速に市販車用タイヤとして普及したが、モータースポーツの世界ではその後もバイアスタイヤが使われ続けた。これはバイアスタイヤと比べてラジアルタイヤは基本的なグリップ性能や耐久性こそ高いものの、コーナリング時に限界速度域を超えた場合のグリップ変化が急なことや、耐久性が高い分タイヤが熱を持ちづらく(モータースポーツ用タイヤは通常発熱によりトレッド面のゴムを溶かすことでグリップする)グリップが安定するまで時間がかかること、また1レースで何セットものタイヤを使い捨てにするモータースポーツの世界では、市販車と比べ耐久性や燃費性能がさほど重視されないことなどが背景にあった。

このような風潮に対し、1977年ミシュランが初めてラジアルタイヤをF1に持ち込む。ちょうどこの頃からF1はターボエンジンの時代に突入しつつあり、それ以前の主流だったフォード・コスワース・DFVエンジン(約500馬力)と比べてはるかに高い出力(1980年代後半には予選専用エンジンで約1500馬力にも達した)を発揮するターボエンジンのパワーを路面に伝えるために、それまで以上にタイヤの高速耐久性が求められるようになったことから、ラジアルタイヤは急速に普及した。オートバイのロードレース世界選手権 (WGP) でも1984年にミシュランがラジアルタイヤを投入。1985年ランディ・マモラが前後ラジアルタイヤを装着したマシンによるWGP初勝利を記録し[17]、以後ラジアルタイヤが徐々に普及した。

日本でも1980年ブリヂストン全日本F2選手権中嶋悟の車にラジアルタイヤを投入[18]。これにダンロップ住友ゴム工業)やヨコハマタイヤ横浜ゴム)も追随し激しいタイヤ戦争が起こるなど、複数のタイヤメーカーがしのぎを削るカテゴリーが相次いでラジアルタイヤ化されていった。

ワンメイクタイヤのカテゴリーではその後もしばらくバイアスタイヤが使われ、例えば国際F3000選手権1991年までエイヴォン製のバイアスタイヤが使われたが、レース用ラジアルタイヤの技術が確立しコスト・性能の両面でラジアルタイヤの優位が揺るぎないものになると、それらのカテゴリーも次々とラジアルタイヤに切り替わっていった。2011年現在、レーシングカートオートレースなどの一部を除いてモータースポーツの世界からバイアスタイヤはほぼ姿を消している。
脚注^ U.S. Patent 1203910, May 21, 1915, Vehicle Tire, Inventor Arthur W. Savage
^[1]
^ Moran, Tim (2001年4月28日). “The Radial Revolution”. Invention & Technology Magazine. American Heritage Publishing. 2007年12月26日時点の ⇒オリジナルよりアーカイブ。2008年8月7日閲覧。
^ Sheldon Brown: Japanese cycles in the American market: ⇒http://www.sheldonbrown.com/japan.html#miyata


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