ラサール石井
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出会いから結婚に至るまでの交際期間が4か月というスピード婚だった。

2020年4月から日刊ゲンダイで週1回、コラム「ラサール石井 東憤西笑」を担当。
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この節に雑多な内容が羅列されています。事項を箇条書きで列挙しただけの節は、本文として組み入れるか、または整理・除去する必要があります。(2012年9月)


芸名の「ラサール」は、母校の「ラ・サール高等学校」に由来する。

渡辺正行と同様、兄と姉がいる末っ子。

幼少時は大村崑に憧れ、眼鏡をかけたいために自ら視力を悪くする努力をしていた。コンタクトレンズの使用を経て2005年にはレーシック(視力回復手術)を受けたが、奇遇にも同年同月日、同じクリニックで大村の長男もレーシックを受けていた。

母と並んで微笑んでいる小学生時代の写真が、「笑える」として一時期ネタにされていた。また、その写真がカレンダーになったこともある。また、本人のTwitterアカウントのアイコンにも使われている。

テアトル・エコーに入った理由の1つは井上ひさしがいたことであったが、入所時にはすでに井上は同事務所を去っていた。2014年6月にはこまつ座の舞台『「てんぷくトリオのコント」?井上ひさしの笑いの原点?』で脚本・監修を務めた[6]

学生時代に上京して芸歴を積んできたこともあり、全国ネットの放送(関西以外のローカル放送も含む)では標準語で話すことが多い。ただし、関西芸人(明石家さんまなど)と共演するときや関西ローカルの番組に出演するときなどには、関西弁を使う場面が見られる。

前妻との間に年子の娘が2人いる。

名古屋ローカル番組ヴィヴィアン』の本番終了後、麻木久仁子らスタッフたちと一緒にホテル部屋で夜通しクイズ合宿をしていたことから、麻木には「クイズの師匠」と呼ばれている[7]

石井光三のモノマネを『オレたちひょうきん族』のコント内で一時期多用していた。

『ひょうきん族』で共演した明石家さんまとは仲が良く、彼の個人事務所「オフィス事務所」にも籍を置いている。また、年末年始に明石家さんまがオーストラリアの別荘に向かう際にも毎年同行している。

『ひょうきん族』時代のギャラは3人で2万3,000円であり、途中から倍になった(事務所の取り分もあるので、1人分はその4分の1であった)[8]

受験対策で社会科関係をほとんど勉強していないため、地理に関する問題が苦手である(関東の難関中学の入試は「国/算/社/理」の4科目が一般的だが、西日本の難関中学の入試は「国/算/理」の3科目が主流[要出典])。

実家は帝塚山に在り、実兄が経営管理を行っているうどん屋「帝塚山めん処 いし井」[9]。『ヘキサゴンII』でメニューが出題されたことがある。

両津勘吉に決まった経緯について、制作サイドからのオファーでオーディションを受けたといい、その内容は原作の第1巻を渡され、両津のセリフのみを朗読するという物だったという。まだ初期はアフレコに不慣れだった為、満足なテイクが取れず、自身の演技に納得が行かなかった事を『超こち亀』所載のインタビューで明かしている。

『こち亀』で共演した森尾由美によると、両津の声はかなり喉を酷使して出しているといい、共演者やスタッフもラサールに配慮してなるべくNGを出さず、早期に収録を終える様に努めていたとのこと[10]

ゴジラシリーズなどの怪獣映画が大好きで、テレビなどでよく知識を披露している。関連番組『冒険!ゴジランド』では司会を務めたほか[11]、『ゴジラvsメカゴジラ』(1993年)にも出演。同作品では、劇中で最初にゴジラの名を呼ぶ役どころであったため、感激して撮影の前夜は眠れなかったという[12]

受験関係の著作も多いが、その内容は入江塾時代のものが多い。

ブログで「電通調べ認知度98%」と書いたことがある[13]

不祥事
2024年能登半島地震における誤情報騒動

岸田文雄首相が2024年1月11日夜に能登半島地震の被災者に向け「自らと命と健康を守るため、ぜひホテルや旅館などへのより安全な環境へ、積極的な二次避難をお願いします」とXで呼びかけたことに対し「被災者にそんな金あるか。だったらあんたが金を出して、旅館やホテルを借り上げ避難民を移動させろ。五輪誘致のアルバム作りみたいに、馳浩石川知事に官房機密費から金出してやらせろ」と投稿した。岸田首相は石井の投稿を受け「二次避難について誤解を招きかねない、事実に基づかない投稿が散見されていますが、二次避難先は行政で手配しており、避難者の方にご負担いただくことはありません。その他の誤情報も散見されます」と投稿。その上で「影響の大きいアカウントだから正しいとは限りません。公共機関等からの情報の確認をお願いします」と呼び掛けた。 石井はこの日、「正月以来政府の地震災害への対応に怒りを感じる連続だったので、二次避難の呟きにも即反応してしまい、ホテルや旅館が有料であるかのような誤情報を流す結果になりました」とし、「被災地の皆様にはただならぬご迷惑をお掛けしたことを深くお詫びします。1日も早く平穏な日々が戻りますことを願っております」と謝罪した[14][15]。また、本件を巡っては被災地の地域紙である北國新聞が震災特集にて名指しで批判している[16]
その他

2011年5月、フィギュアスケートの浅田真央に対し、ツイッターで「表現力をつけるために彼氏を作ってエッチするべきだ」という趣旨の発言をし、批判を浴びた。当該のツイッターは削除し、謝罪した[17]
出演
バラエティ・情報番組

オレたちひょうきん族(1982年 - 1989年、フジテレビ) - レギュラー

クイズ!!ひらめきパスワード(1986年 - 1990年、毎日放送制作・TBS) - レギュラー

JanJanサタデー(1987年 - 1990年、静岡第一テレビ) - レギュラー司会

さんま・一機のイッチョカミでやんす(1989年 - 1990年、日本テレビ) - 準レギュラー

PRE★STAGE(1989年 - 1990年、テレビ朝日)

世界まる見え!テレビ特捜部(1990年 - 2009年頃、日本テレビ)- 準レギュラー

マジカル頭脳パワー!! (1991年 - 1993年・1999年頃、日本テレビ) - 準レギュラー

たけし・逸見の平成教育委員会(1991年 - 1997年、フジテレビ) - レギュラー

超近未来遭遇!! どーなるスコープ(1992年、読売テレビ) - レギュラー

おとなのえほん(1991年 - 1992年、サンテレビ) - レギュラー

まんが日本史(1992年、NHK) - 日本史研究所 所長

冒険!ゴジランド(1992年、テレビ東京) - レギュラー


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