ユニバーサル・パークス&リゾーツ
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1999年5月28日には、冒険やキャラクターをテーマにした島々を集めたテーマパーク「アイランズ・オブ・アドベンチャー」がオープンし、家族で楽しめるリゾートとして発展した。同時に、2つのパークにつながるリゾート内のゲストを受け入れるために、ユニバーサル・シティウォークが追加された。1999年9月にユニバーサル・オーランド・リゾートに「ロウズ・ポルトフィーノ・ベイ・ホテル・アット・ユニバーサル・オーランド」ホテルがオープンし、その後、2000年12月に「ハードロック・ホテル」、2001年2月に「ロウズ・ロイヤル・パシフィック・リゾート」、2014年3月31日に「カバナ・ベイ・ビーチ・リゾート」、2016年7月7日に「ロウズ・サファイア・フォールス・リゾート」、2018年8月16日に「ユニバーサルズ・アベンチュラ・ホテル」がオープンした。

1998年、ユニバーサル・オーランドはウォーターパーク「ウェットン・ワイルド」(シーワールドの創業者ジョージ・ミレイが1977年に設立)を買収し、2016年12月31日に閉園するまで同社のメインのウォーターパークであったが、2017年5月25日にオープンした別のウォーターパーク「ボルケーノ・ベイ」に取って代わられた。新しいウォーターパークは、スライド、2本のレイジーリバー、ラフトライドなど、18のアトラクションで構成されている。また、様々な有名なプロパティをベースにしていない、ユニバーサル初のパークでもある。2019年8月、ユニバーサルは第3のテーマパーク「エピック・ユニバース」を発表した。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパン詳細は「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」を参照

約3年の建設期間を経て、2001年3月31日に大阪市此花区にオープンしたユニバーサル・スタジオ・ジャパンは、米国以外でオープンした初のユニバーサル・スタジオのテーマパークであり、アジア地域で運営される初のユニバーサル・テーマパークでもある。「ユニバーサル・オーランド」と「ユニバーサル・ハリウッド」の両方の魅力を取り入れたテーマパークで、複数のユニバーサル公式ホテルや多くのレストラン、ユニバーサル・スタジオ・グッズや大阪のお土産を販売するショップなどが集まるショッピングモール「シティウォーク」を併設している。テーマパークの敷地面積は108エーカーで、ライバルの東京ディズニーリゾートに次いで、日本で2番目に来場者数の多い遊園地である。
ユニバーサル・スタジオ・シンガポール詳細は「ユニバーサル・スタジオ・シンガポール」を参照

ユニバーサル・スタジオ・シンガポールは、2008年4月19日にシンガポールのセントーサ島にあるリゾート・ワールド・セントーサ内に建設を開始した。2010年3月18日にソフトオープンし、2011年5月28日にオープンした。ユニバーサル・スタジオ・シンガポールは、アジアでは2番目、東南アジアでは初のテーマパークとなった。他のユニバーサル・テーマパークと同様に、ユニバーサル・スタジオや他のスタジオ会社が所有する様々なアトラクションを備えている。現在建っている土地は、49ヘクタール(120エーカー)のリゾート・ワールド・セントーサの最東端を占める20ヘクタール(49エーカー)の広さで、「アジアで唯一無二のテーマパーク」を売り物にしている。ただし、パークの近くにはすでにリゾート・ショッピングモールやレストランが隣接しているため、ユニバーサル・シティウォークはない。他のユニバーサルのテーマパークとは異なり、ユニバーサル・スタジオ・シンガポールは、ユニバーサル・デスティネーションズ&エクスペリエンシズのライセンス承認を得てゲンティン・グループが所有している。
ユニバーサル・北京・リゾート詳細は「ユニバーサル・北京・リゾート」を参照

ユニバーサル・北京・リゾートは、2021年9月20日に北京郊外にオープンした大型総合エンターテイメント施設である。中核施設であるテーマパークのユニバーサル・スタジオ・北京単体でも米国の2つのパークよりも大きく、日本のユニバーサル・スタジオ・ジャパン(0.54 km2)の約2倍もの規模となり世界最大のユニバーサル・スタジオとなる。アジアのユニバーサル・テーマパークでは初の大型リゾートタイプとなり、リゾート全体の拡張地を含む敷地面積はユニバーサル・スタジオ・ジャパンの約10倍もの面積となる。ユニバーサル・オーランド・リゾートと同様の大型ウォーターパーク「ボルケーノ・ベイ」や将来予定されている第2テーマパーク建設用の広大な敷地も隣に用意されており、2025年グランドオープン予定。ユニバーサル・北京・リゾートは、ユニバーサル・デスティネーションズ&エクスペリエンシズと中国国有企業のBSH Investmentのジョイントベンチャーである。
スティーヴン・スピルバーグ監督とユニバーサル・デスティネーションズ&エクスペリエンシズの関係

スティーヴン・スピルバーグ監督は、1960年代後半にユニバーサルのインターンスタッフとして働いていた時のユニバーサル・スタジオとの関係や、『ジョーズ』、『E.T.』、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、『リトルフット』、『ジュラシック・パーク』、『シンドラーのリスト』など、同スタジオで監督や製作を担当したことから、ユニバーサル・デスティネーションズ&エクスペリエンシズと長年にわたって協力関係にありる。1987年3月、当時ユニバーサル・スタジオを所有していたミュージック・コーポレーション・オブ・アメリカ(MCA)が、ウォルト・ディズニー・ワールドに対抗するためにオーランドに初の本格的なテーマパークを建設する計画を立てた際、スピルバーグはユニバーサル・テーマパークのクリエイティブ・コンサルタントとして契約した。

1987年以降、スピルバーグは、「E.T. アドベンチャー」、「ジョーズ」、「ジュラシック・パーク・ザ・ライド」、「アメイジング・アドベンチャー・オブ・スパイダーマン」など、12のアトラクションのコンサルティングを行っている。その対価として、フロリダ、日本、シンガポールにあるユニバーサルのテーマパークで発生するパークチケット収入の2%とパークコンセッション収入の一部を永続的に受け取り、年間最大3,000万ドルから5,000万ドルの価値があるとされている。ユニバーサルの現在の親会社であるコムキャストは、この支払いがすでに5億3,500万ドルにもなる可能性があることを認めている。一部のアナリストは、この一回限りの支払いが最終的に10億ドルになる可能性があると予測している。この契約により、スピルバーグが監督を務めた作品は、ユニバーサル以外のライバルテーマパークでは上映されないことになっている。ただし、「インディ・ジョーンズ」は例外で、スピルバーグが監督を務めたが、ストーリーは長年の友人であるジョージ・ルーカスが完全に創作・脚本・保持しており、ルーカスは、「スター・ツアーズ」、「キャプテンEO」、「インディ・ジョーンズ・アドベンチャー」、「エクストラ・ローレストライアル・エイリアン・エンカウンター」などのアトラクションのクリエイティブ・コンサルタントとして、定期的にディズニー・エクスペリエンスと仕事をしている。
全ユニバーサル・テーマパークの方向転換

ユニバーサル・テーマパークの本来のコンセプトは「映画のセットをゲストが身近に観るテーマパーク」というものであったが、日本の場合は2001年にユニバーサル・スタジオ・ジャパンが開業。しかし東京ディズニーリゾート東京ディズニーランドのようにオープン当初は大成功を納めることができなかった。

理由はハリウッド映画のテーマパークというのが、日本人に根付かなかったということもあり、東京ディズニーランド又は東京ディズニーシーの単体テーマパークにも及ばないため、映画スタジオのテーマパークからファミリー層向けのテーマパークへと方向転換し、経営破綻[3] から2010年代にV字回復を納めている[4][5][6]

また、海外ユニバーサル・パークも映画スタジオのテーマパークから「ミニオン」や「シュレック」「ハリー・ポッター」などのファミリー層、ファンタジー向けのディズニーランドのようなテーマパークへと方向転換している。
建設中のテーマパーク

ユニバーサル・キッズ・リゾート
- テキサス州フリスコに建設予定のファミリー向けテーマパーク[7][8]


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