本部はユタ州ソルトレイクシティにあり、全世界で1,700万人以上の会員と62,544人のフルタイムのボランティア宣教師を擁している(2022年12月統計)。2021年現在、米国だけで670万人以上の会員がいると報告されており、キリスト教の教派としては米国で4番目に大きい。
以前は「モルモン教」と通称されたが、2018年に教会の指導部は「モルモン教」という呼称について、信徒に対し、通称の「モルモン教」という名称を使用しないよう求める見解を発表した。「イエス・キリスト教会(Church of Jesus Christ)」あるいは「教会(Church)」と呼ぶべきと推奨し、通称「モルモン教会」は公認されたものではなく、「使用を推奨していない」とした[14]。
概略末日聖徒イエス・キリスト教会の創始者であるジョセフ・スミス・ジュニア「最初の示現」
作者不詳 (1913年)
末日聖徒イエス・キリスト教会
教会歴史芸術博物館所蔵
末日聖徒イエス・キリスト教会は、ジョセフ・スミス・ジュニア(1805年 - 1844年)によって、1830年4月6日、アメリカ合衆国にて設立された。
ジョセフ・スミス・ジュニアによれば、彼は14歳の時(1820年)、当時激化した教派間の争いや矛盾に疑問を抱き、新約聖書『ヤコブの手紙』1章5節を読み、どの教会が真実であるかを神に祈り求めたところ、父なる神とその子イエス・キリストが現れる示現を示され[15]、言葉を交わしたとされる。スミスによれば、イエスは「(既存の)いずれの教会もことごとく誤っているため、あなたはどの教会にも加わってはいけない」[15]とジョセフに告げ、イエス・キリストの教会を再び地上に回復するためにジョセフを預言者として選んだとされる。教会の信条によると、回復が必要であったのは、イエス・キリストと12使徒(イエスの弟子)の死後、神の神聖な儀式を行うための神権(神の権能)が地上から失われ、完全なる教義や儀式も聖書の人の解釈によって失われていたからだとされている。神権は1832年のサスケハナ川のほとりで、イエス・キリストの弟子であるペテロ、ヤコブ、ヨハネがジョセフ・スミスとオリバー・カウドリーに天使として現われ、按手により再び回復されてから現在まで受け継がれており、そのことにより現在に至るまで預言者による神の啓示は続いていると信じられている。
この宗教は、アメリカ合衆国建国(1776年)、合衆国憲法制定(1789年)、憲法修正第1条-第10条制定(1791年)、憲法修正第1条で宗教・信条の自由が史上初めて権利として認められた合衆国草創期に設立され、西部への入植の歴史があることから、「開拓期を象徴する宗教」とも言われる。
「モルモン教」という通称は教典とするモルモン書から由来しており、書の名前である「モルモン」とは古代アメリカ大陸に住み、当時の民の歴史を記録し、要約した預言者の名前であると信じられている。ジョセフ・スミスはこの書物を改良エジプト文字から英語に翻訳したとされ、1830年に発行された。
設立後、創始者であるジョセフ・スミス・ジュニアの死去や、一時的な(1852年から1890年の)[16]一夫多妻制の経過(多妻婚を禁じるさまざまな法を無視)[16]に伴う議論を経て、いくつかの教派に分かれたが、当該教会はその中の最大会派であり、設立時の名前を引き継いでいる。
2010年8月現在、教会の公式発表では全世界に1500万人の会員を擁する(ただしバプテスマとよばれる洗礼を受けていない8歳未満の末日聖徒家族の子供も含めた数)。そのうちの14%はユタ州に住み、教会員の半数以上はアメリカ合衆国外に居住している。数多くの宣教師(約8万人;2013年10月現在)が166か国で伝道活動を行っていることが教会の国際的な成長の理由として挙げられている。2006年には、教会員の半数以上がアメリカ外に居住していることが報告された。アメリカ国内の教会員の人種構成は非ヒスパニック系白人が85%以上を占め[17][18]、アメリカの総人口の全国平均と比べても白人比率は非常に高く、黒人やアジア系の比率は非常に低い[19]。
2010年8月現在、全世界で約2万8500箇所の礼拝施設を構え、日本国内には約340箇所ある。また、神の儀式を執行するとされる神殿は世界に177(2023年10月現在)あり、日本には東京と福岡と札幌と沖縄にある。合衆国の宗派としては4位の規模としているが、2001年のニューヨーク市立大学の調査では、10位に留まると推定している。