連邦制が復活した後の大統領
1846年 - 1846年: マリアーノ・サラス Mariano Salas
1846年 - 1847年: バレンティン・ゴメス・ファリアス Valentin Gomez Farias
1847年 - 1847年: アントニオ・ロペス・デ・サンタ・アナ Antonio Lopez de Santa Anna
1847年 - 1847年: ペドロ・マリア・アナーヤ Pedro Maria Anaya
1847年 - 1848年: マヌエル・デ・ラ・ペーニャ Manuel de la Pena y Pena
1848年 - 1851年: ホセ・ホアキン・デ・エレーラ Jose Joaquin de Herrera
1851年 - 1853年: マリアーノ・アリスタ Mariano Arista
1853年 - 1853年: フアン・バウティスタ・セバリョス Juan Bautista Ceballos
1853年 - 1853年: マヌエル・マリア・ロンバルディニ Manuel Maria Lombardini
1853年 - 1855年: アントニオ・ロペス・デ・サンタ・アナ Antonio Lopez de Santa Anna
サンタ・アナの独裁政権が倒されて以降の大統領
1855年 - 1855年: マルティン・カレーラ Martin Carrera
1855年 - 1855年: ロムロ・ディアス・デ・ラ・ベガ Romulo Diaz de la Vega
1855年 - 1855年: フアン・アルバレス Juan Alvarez Benitez
1855年 - 1857年: イグナシオ・コモンフォルト Ignacio Comonfort
コモンフォルト大統領の辞任にともなって最高司法裁判所長であったベニート・フアレスが臨時大統領に就任したが、保守派はこれを認めず、独自の大統領を立てた。フアレスはベラクルスに自由主義派の政府を立て、この時期には2人の大統領が同時に存在した。レフォルマ戦争の終了後、フアレスは1861年に正式に大統領に選出された。しかし同年末にフランスのメキシコ出兵が始まり、1863年にメキシコシティを占領した。フアレスは北部のシウダー・フアレスに逃れた。
保守派の大統領:
1858年 - 1858年: フェリックス・マリア・スロアガ Felix Maria Zuloaga
1858年 - 1859年: マヌエル・ロブレス・ペスエラ Manuel Robles Pezuela
1859年 - 1860年: ミゲル・ミラモン Miguel Miramon
1860年 - 1860年: ホセ・イグナシオ・パボン Jose Ignacio Pavon
自由主義派の大統領:
1858年 - 1860年: ベニート・フアレス Benito Juarez (臨時大統領)
1861年 - 1867年: ベニート・フアレス Benito Juarez, 1863年から1867年までは帝政に対抗して政府を組織。
メキシコ第二帝政がはじまるまでの委員会(フンタ、es:Junta Superior de Gobierno)の長: