ミュージックシーケンサー
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音楽の自動演奏は14世紀に教会などでカリヨンが使われて以来、演奏情報を符号として記録して再生しようという発想は古くから存在した[注 1]

オルゴールの発明は18世紀末であるが、本物の楽器の自動演奏装置と呼べるものに1890年代に作られた自動ピアノが挙げられる。これはピアニストの演奏による鍵盤の動きを、鍵盤機構に穿孔装置を組み込むことでピアノロールと呼ばれる長いロール紙に記録し、逆にロール紙の孔によって鍵盤を動かすことの出来る仕掛けで「再生」することで鍵盤の細やかなタッチまで再現することができた。このように楽器の動作を記録再生する機構を電子楽器を制御する電子情報として取り扱うのが、今日のデジタルミュージックシーケンサーといえる。

実際にピアノロールは演奏用データへの変換も不可能ではなく、ラフマニノフが演奏したピアノロールを特殊な光学スキャナーにかけMIDIデータに変換し、ベーゼンドルファー製自動ピアノで演奏 - 録音 - CD化された例もある。
アナログシーケンサー

1960年代にアメリカのロバート・モーグによってミュージックシンセサイザーが電圧制御を基本とするモジュールとしてシステム化され、そのモジュールの一つとしてアナログシーケンサーが登場した。以降、モジュラー型シンセサイザーのオプションとして各社から発売された。

アナログシーケンサーはステップ状の電圧発生器である。パネル面に並んだボリューム(1列当たり8 - 16個)によってVCOに与えるCV(音程制御用の電圧)をあらかじめ設定し、任意のステップ数を一定のリズムで走査することでボリュームで設定したCVと発音タイミングのゲート信号を出力させた。これにより反復されるアルペッジョのパターンであったりリズムパターンであったりといったフレーズを反復自動演奏させる事が可能となった。

大体のアナログシーケンサーはプリセット列として2 - 3列を備えており、演奏中に切り替えることで異なるパターンを演奏できた。またステップ数を演奏中に切り替えることでフレーズにバリエーションを持たせることもできる。移調はVCOに対して鍵盤からのCVを加算するなどの方法でおこなう。

アナログシーケンサーの出力は規格化された制御電圧であるため、音程の制御以外にもたとえばVCFによる音色変化であるとか、VCOでは発生できない超低周波の波形発生などにも応用された。

一部の可搬型シンセサイザーにもアナログシーケンサーが組み込まれるようになったが、コストの面から一般的にはならなかった。
デジタルシーケンサー

半導体技術の進歩により、演奏情報を符号化して半導体メモリーに記録、再生する装置が考案された。これがデジタルシーケンサーである。演奏情報を符号化することにより数値入力が可能になった。

デジタルシーケンサーには大きく分けて2種類の入力方法があった。一つはシンセサイザーの鍵盤からCV/GATE信号をもらってシーケンサー内部でA/D変換してメモリーに記録し、再生時には読み出してD/A変換してCV/GATE信号を出力する物。ローランドのCSQシリーズなどがこれにあたる。もう1種類はMC-8やMC-4のようにシーケンサー本体に搭載されたテンキーによる数値入力である。これは数値情報を直接メモリーに記録し、再生時にD/A変換された。

デジタルシーケンサーの最初の製品は1974年オーバーハイム・エレクトロニクスの設立者であるトム・オーバーハイムによって世に送り出されたDS-2である。アナログシンセサイザーとCV/GATEにより接続し、72イベント[注 2]の記憶容量を持つモデルであった。このシーケンサーがクレジットされた作品は1974年発売のジェリー・グッドマン&ヤン・ハマーによるアルバム『ライク・チルドレン』があげられる。

そして1977年ローランドのマイクロコンポーザーMC-8が本格的なコンピュータ制御によるシーケンサーとして登場した。ゲートタイムやとステップタイムという概念が生まれたのもこのMC-8からといわれる。当時大卒の初任給が10万程度の時代にMC-8は販売価格120万円という極めて高価な代物であったが、この誕生によって音楽界は爆発的にデジタル化が進むこととなった。

MC-8の仕様は以下の点で画期的であった。

標準搭載のメモリー容量で5400音というアナログシーケンサーでは実現不可能な大記憶容量を実現した。

8系統のCV/GATE出力を持ち、独立したパートの演奏が可能になった。

外部にデータレコーダを接続することでデータを記録、保存できるようになったこと。これにより演奏情報のライブラリ化が可能になった。

テープレコーダーに同期信号を記録することで、テープレコーダーとの同期演奏が可能になった。ただし曲中からの同期はMIDIの登場を待つ必要があった。

正確なテンポコントロールが可能になり、例えばCMなどのように15秒、30秒といった長さが決まっている作品の制作効率が劇的に向上した。

日本ではイエロー・マジック・オーケストラのサポートメンバー松武秀樹シンセサイザーモーグIII-Cと共に使用したことでも知られるが、デリケートな装置でライブ中に熱暴走することもしばしばだった、というエピソードも残っている[1]

同時期にポリフォニックシンセサイザーの発音制御にCPUが用いられるようになった事を受け、外部に対してデジタル信号の形での演奏情報のやりとりが模索されるようになる。ローランドはDCB規格を制定し、MIDI規格が登場するまでの短期間これを利用した。
MIDIの登場

1982年MIDIが規格化されることによって、自動演奏は大幅な変革を遂げることとなった。
演奏情報の拡張
ベロシティやピッチベンドの情報が定義され、より楽器のニュアンスが表現しやすくなった。
演奏情報に加えて音源の制御情報の定義。
音源の音色情報を演奏データと同じ次元で管理することが可能になった。
チャンネルの概念
MIDI端子の1出力あたり16チャンネルの独立したパートを割り当てて伝送可能になった。これにより異なるパートの演奏情報が一本のMIDIケーブルで音源に対して伝送可能となった。
自動演奏に関する情報の定義(ソングポジションポインター、クロック情報など)
DINSyncでは曲中からの途中再生は不可能であったが、ソングポジションポインターを利用することで曲の途中からの再生がシーケンサー同士あるいはシーケンサー対リズムマシン、シーケンサー対マルチトラックレコーダー間で可能になった。初期においてはローランドのSBX-80がSMPTEタイムコード (LTC) をテンポ情報を含むソングポジションポインターの変換機として用いられたが、後にMidiTimePeaceなどのMIDIインターフェース側でタイムコード入出力を持つようになり、スタジオにおける作業効率が格段に進化した。後にMIDI規格の一部としてMIDIタイムコード (MTC) が制定される。


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