マーシャル・プラン
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先の大戦は「物理的な生命の損失や、都市工場鉱山鉄道などの目に見える破壊」のみならず、ヨーロッパの経済構造全体を混乱に陥れたということがこの数か月の間[注釈 14]に明らかになった。「長年の通商関係や民間の諸制度・銀行保険会社海運会社は、資本の喪失・国有化による吸収または純然たる破壊によって消滅した」。

また通貨に対する信用が低下しており、農村は食糧を、都市は日用品をそれぞれ生産し、互いに交換し合うという近代的分業体制が崩壊の危機に瀕している。ヨーロッパ各国の政府は、外貨を食糧や燃料の輸入に充てざるを得ず、それゆえ「復興のために緊急に必要とされる資金が消尽してしまう」。

ヨーロッパが今後3年から4年間に必要とする外国産(主にアメリカ産)の食糧と必需品の量は支払い能力をはるかに上回っているので、「相当の追加援助が無ければヨーロッパは非常に由々しき経済的・社会的・政治的破局に直面せざるを得ない」。この悪循環を打破し、今後の経済動向に対する自信を回復させることこそが問題解決のために必要である。そして通貨の価値と信頼性を回復させ、商品交換を促進させねばならない。

援助のあり方について

「我々の政策は特定の国家や主義に対してでは無く、飢餓・貧困・絶望・混乱に対して向けられている。その目的は自由な制度が存在し得る政治的・社会的な諸条件の出現を許容するような、活発な経済を世界に復活させることである」。復興援助は、危機が起こるたびに小出しになされる類のものであってはならない。「いかなる政府も、この復興事業に協力する気があるならば、アメリカ政府の全面的な協力が得られることを保証しよう。いかなる政府も、他国の復興を妨害しようと画策するならば、我々の援助は期待出来ない」。

アメリカはヨーロッパ復興のために可能な限りの支援をするが、計画の立案はヨーロッパ自身が率先して行うべきである。また、「計画はヨーロッパの全国家とは言わないまでも、相当数の国家の賛同を得た共同の計画でなければならない」。

援助計画を成功させるためにはアメリカ国民の理解が必要である。「歴史が我が国に対して明確に課した重大な責務に、アメリカ国民が展望と自発性とをもって向き合うならば、先程述べた困難の数々は克服されるであろう」[注釈 15]
特徴

マーシャルはこの短い演説の中で、アメリカがヨーロッパから遠く離れているからといって、ヨーロッパの混乱を対岸の火事と捉えてはならない旨を述べ、援助に対する国民の理解を求めている。しかしその内容は極めて抽象的で、どの国にどの程度の援助をどの程度の期間供与するかは明らかではない。わずかに「今後3年から4年間」に及ぶ大規模援助の必要性を示唆する箇所がある他は、援助に関する具体的な数字は一切存在しない。3月に行われたトルーマン演説では、ギリシャおよびトルコへ4億ドルを援助する用意があるとしたが、マーシャル演説では漠然と「ヨーロッパ」に援助を行うと述べたに過ぎず、金額に至っては全く言及していない。一見すると曖昧模糊とした内容ではあるものの、この演説からはいくつかの大きな特徴が読み取れる[35][36][37]

マーシャル演説は援助の目的を「自由な制度が存在し得る政治的・社会的な諸条件の出現を許容するような、活発な経済を世界に復活させること」と規定し、自由主義経済に基づく復興が理念の根底に存在することを匂わせている。しかし同時に特定の国家や主義では無く「飢餓・貧困・絶望・混乱」を打倒することを強調し、援助がソ連や共産主義を敵視するが故になされるわけではないと解し得る表現となっている。さらに援助の対象は「ヨーロッパ」としており、東ヨーロッパひいてはソ連をも含むかのような雰囲気を帯びていた。ただし「他国の復興を妨害しようと画策する」政府をアメリカは認めないとする一文を挿入して、注意深く釘を刺している。

計画作成に際してのヨーロッパの主体性を尊重していたことも大きな特徴である。計画が失敗した場合にアメリカが責めを負わずに済むようにしたと捉えることもできるが、自力で復興作業を行うという明確な指針をヨーロッパに与える為とも考えられる。演説に具体的な数字が盛り込まれなかったのは、まず欧州の側が計画を立案し、然るのちにアメリカが実施の可能性を検討するとした為であると解釈し得る。

さらに援助は各国が個別に受けるのではなく、「相当数の国家の賛同を得た共同の計画」に基づいて実施されるべきであることを説いている。ここには、欧州各国間の対立を和らげることが世界の安定に資するという考えや、あらかじめ援助の配分について調整させることで、各国による援助の奪い合いを避けるという考えが反映されている。

また内容こそ明示されていないものの、あくまで経済援助を実施しようとしていることが読み取れる。演説のおよそ半分はヨーロッパ経済が直面する問題の分析に充てられており、軍事顧問団の派遣や武器供与を提案したトルーマン演説とは大きく調子が異なるが、これは「武装した少数者や外部の圧力」ではなく「ヨーロッパの経済構造全体の混乱」を危機と捉える認識に由来していた。目的が変化したのに伴い、援助の方法も軌道修正が図られたといえる。

ただし、マーシャル演説はトルーマン演説と完全に断絶した政策方針という訳では決してない。経済問題が重視されたのも、共産主義の浸透を防止するためには、軍事援助や反共思想の宣伝といった直接的な手段よりも、ヨーロッパ経済の健全性回復を通じて共産化に対する抵抗力を涵養することの方がより有効であると判断されたからであることに留意しなければならない。
ケナンとクレイトンの影響

前述の通り、演説の草案はケナンを長とする政策企画本部の報告書(PPS1)およびクレイトン覚書を基に作成されており、上に挙げた諸点にも両者の見解が大いに反映されている[38]

クレイトンは覚書の冒頭のヨーロッパの現状について「我々は物質的荒廃については理解していたが、経済的混乱が生産に及ぼす影響を充分計算に入れることには失敗した」と書き、その影響として「産業の国有化」や「通商関係の断絶」などを例示した。そして、「近代的分業体制がほとんど崩壊した」ヨーロッパにとって、消費財の流通と現地通貨への信頼性回復が必要であり、アメリカからの援助が無ければ「経済的・社会的・政治的崩壊がヨーロッパを沈めてしまう」と説いている。これらの主張は、まさにマーシャル演説が援助を必要とする前提として挙げた諸点と符合する。また、「(ロシアからではなく)飢餓と混乱からヨーロッパを救うために」援助が必要であるという指摘は、演説の「我々の政策は、特定の国家や主義に対してでは無く、飢餓・貧困・絶望・混乱に対して向けられている」との表現と対応している。

PPS1がヨーロッパ復興に関する長期的問題について触れた件(くだり)では、アメリカ政府が「西ヨーロッパを経済的に自立させる為の計画を一方的に立案する」ことは「妥当でも有効でもあるまい。それはヨーロッパの人々の仕事である」とし、「主導権はヨーロッパから発揮されねばならない」こと、アメリカの役割は計画立案に対する友好的な支援と、作成された計画の支持とからなるべきであること、「計画は西欧のいくつかの諸国家によって合意された共同の計画でなければならない」ことなどを強調した。

これらの主張はほぼそのままの形でマーシャル演説に反映された。ただしPPS1が「西ヨーロッパ」とした部分は、演説では「ヨーロッパ」となっている。PPS1には、復興計画は「恐らく全ヨーロッパ(西ヨーロッパのみならず)に向けた提案として」進められるであろう[24]との記述がみられること、また国務省首脳会議がソ連と距離を置くよう東ヨーロッパに求める結論を出したことを考慮すると、マーシャル演説が「ヨーロッパ」を援助対象としたのは建前に過ぎなかったと捉えることができる。
ヨーロッパの反応
英仏首脳会談

マーシャルの演説内容はBBCラジオ放送によってイギリスにもたらされた[注釈 16]。ラジオを聞いたイギリスの外務大臣アーネスト・ベヴィンは直ちに行動を開始した。


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