マルセル・プルースト
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この遺作は、プルースト自身の分身である語り手の精神史に重ね合わせながら、19世紀末からベル・エポックの時代にかけてのフランス社会の世相や風俗を活写した長大作であると共に[1][4][6]、その「無意志的記憶」を基調とする複雑かつ重層的な叙述と画期的な物語構造の手法は、後の文学の流れに決定的な影響を与えたことで知られる[1][7][8]。特に、ある匂いを嗅ぐとその関連した記憶が思い出されることを、紅茶に浸したマドレーヌの匂いから物語が展開していく本作品から「プルースト効果」と呼ばれている。
生涯
幼年時代

マルセル・プルーストは、1871年7月10日パリ16区オートゥイユ地区のラ・フォンテーヌ街96番地(母方の叔父の別荘)で、フランス人の父・アドリヤン(フランス語版)(37歳)と、ユダヤ人の母・ジャンヌ(フランス語版)(22歳)の長男として生を受けた[5][9][10]

父・アドリヤン・プルーストは、カトリックの雰囲気の色濃い田舎町イリエシャルトルから西に20キロメートルの小さな町)の平凡な家の出身で、少年時代は僧侶を目指したこともあったが、公衆衛生を専門とする医学博士となり、衛生局総監(厚生官僚)まで務めた[9][11]。アドリヤンは、「防疫線」という理論に基づいて、ヨーロッパ大陸へのペスト侵入を防ぐなど、華々しい功績を持ち、医学アカデミー会員やソルボンヌ大学教授を務めるなど世界的な名声を得た人物であった[9][11]弟ロベール(左)とマルセル6歳(1877年)

一方、母・ジャンヌ(旧姓ヴェイユ)は、パリに住む裕福なユダヤ人の株式仲買人の娘であった[4][9]。有力なヴェイユ家はシュトゥットガルトに近いドイツの一地方からアルザス経由でパリに来たユダヤの一族であり[8]、同一族からはフランス第三共和政下の有力政治家アドルフ・クレミューなどを輩出している[9]

母ジャンヌは、古典文学を愛好し、非常に文学的教養の高い女性であった[4]。マルセル・プルーストは、芸術に対する繊細な感性をこの母から受けついだ[12]。一家は日頃、母方の祖父母と行き来していたが、通常は新興住宅街のパリ8区のロワ街8番地のアパルトマンで暮し、病弱だったマルセルは母や祖母にとても可愛がられて育った[1][4][5]

母は、結婚後もユダヤ教を守り続けたが、夫妻は子供には父親の家系に倣って、ローマ・カトリックの信仰を持たせることに決め、生まれたばかりのマルセルに1871年8月、サン・ルイ・ダンタン教会で洗礼を受けさせた[13]。マルセル誕生の2年後の1873年5月24日には、生涯にわたって彼と親しい関係を保ち続けた弟ロベール(フランス語版)が生まれた[9][14]。ロベールは兄マルセルとは対照的に、身体が丈夫で明朗な性格であった[5]父親の出身地の田舎町ウール=エ=ロワール県のイリエ。『失われた時を求めて』のコンブレー(フランス語版)のモデル地となったことで、「イリエ=コンブレー(フランス語版)」の名称となった[11][15]

一家は、マルゼルブ通り9番地などに何度か転居をしながらも、高級官僚の多く住むパリ8区に住み続けた[9][10]。プルーストは成人してからも、当時の思い出を大事にするために、晩年の数年間を除いてほとんどの時期をこの8区で過ごしている[9]

パリ市内には他に母方の祖父母のいるフォーブール・ポワソニエール(この地区にはユダヤ人が多く住んでいた)の家や、母の叔父にあたるルイ・ヴェイユが住むオートゥイユの別荘(プルーストと弟はこの家で誕生した)があった[9]。特に叔父の別荘には春から初夏にかけて長い期間滞在するのがプルースト家の習慣になっていた[9]

また、パリ南西100キロメートルほどの場所には、父の出身地である田舎町イリエがあり、ロワール川が近くに流れる豊かな自然に囲まれたこの場所にも、一家はたびたびバカンスに出かけた[9][15]。この町がのちの『失われた時を求めて』の主要な舞台となるコンブレー(フランス語版)のモデルとなった土地である[9][15]。同地はこの作品にちなんで「イリエ=コンブレー(フランス語版)」が正式名称となり、プルースト巡礼の聖地となっている[11][15]

しかし、1881年春に9歳(10歳の誕生日前)のマルセルは、ブローニュの森を散策後に喘息の発作を起こした[1][5][16]。それ以来、花粉と外気が体に障ることを心配した父の判断で、イリエに行くことを禁じられてしまった。喘息の持病はプルーストに生涯付きまとい、このために彼は自由に旅行することができず、またを愛していたにもかかわらず、彼自身は生花に近づくことができなかった[16]


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