マルクス兄弟
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グルーチョ・チコ・ハーポの3人は、敏腕プロデューサーで知られるアーヴィング・タルバーグの意向もあってメトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)と契約した。映画の内容もタルバーグの意向に沿い、アドリブや破天荒なギャグが減らされ、ストーリー性を重視した大衆的な作風に変化した。

1935年公開のMGM専属第1作『オペラは踊る』と、1937年公開の第2作『マルクス一番乗り』の両作は、マルクス兄弟最大のヒット作となった。1936年にタルバーグが急死したのちも、1941年までいくつかの作品をMGMで制作したが、往年の冴えは見られず、兄弟は映画界からの引退を決める。しかしその後もチコの借金返済にあてるためにユナイテッド・アーティスツで『マルクス捕物帖』(1946年)と『ラヴ・ハッピー』(1949年)が制作され、これが兄弟の最後の作品になった。
その後テレビ出演のために5人兄弟が揃う。左よりハーポ、ゼッポ、チコ、グルーチョ、ガンモ(1957年)

1940年代以降、チコとハーポはそれぞれマイペースに音楽活動などを行った。グルーチョはラジオ番組やテレビ番組でホストを務めるかたわら、作家としても精力的に活動した。

兄弟が揃う機会もあった。映画『The Story of Mankind』(1957年)や、テレビシリーズ『General Electric Theater』の1エピソード「The Incredible Jewel Robbery」(1959年)(外部リンク参照)には、グルーチョ・チコ・ハーポの3人が出演している。1957年にはゼッポ、ガンモも加えた5人兄弟でのテレビ出演もあった[7]

1960年頃には、ビリー・ワイルダーの手によるマルクス兄弟の新作映画の企画も存在したが、1961年のチコの死によって白紙になっている。

チコとハーポの死後、1974年の第46回アカデミー賞において、映画界におけるマルクス兄弟の業績を称えて、存命だったグルーチョにアカデミー名誉賞が贈られている。
評価と影響

ナンセンスでスピーディーなギャグで有名。ハーポの狂奔的な動きと、グルーチョのナンセンスなマシンガントークが最大の売り。「イタリア訛り」でしゃべるチコは、ハーポとコンビでの役柄が多いが、喋らないハーポとグルーチョとの間のコミュニケーション・ギャップの通訳的役割で笑いを取ることも多い。また、ハーポのハープ演奏、チコの「指一本でのピアノ演奏」もウリであった。ちなみに、グルーチョのヒゲは最初は付けヒゲだったが、のちに、黒く塗るようになった。

淀川長治は、マルクス兄弟について「映画ではなく舞台である」と発言しており、実際、彼等の初期の傑作は、舞台でのヴォードヴィル・コメディを、ほぼそのまま映画で再現したものである。ほとんどの作品で、グルーチョの相手役として「裕福な老夫人」役を演じたことで知られる女優マーガレット・デュモンは、「彼等の私生活は、彼等のコメディ同様の大騒ぎだった」と語っている。

日本のコメディアンたちに与えた影響も大きい。横山エンタツなど戦前のコメディアンには、グルーチョの影響を受けた者が多い。浅草の喜劇人で、エンタツと同様、吉本興業東京吉本)所属の永田キングも、グルーチョの扮装、メイク、動き、レトリックをそっくりそのまま真似て、「和製マルクス」を自称し、主演映画も撮っている。戦後では、ザ・ドリフターズが「偽の鏡」「グルーチョのヒゲと動き」など彼等の芸を一部、オマージュしている。

アンドレ・ブルトンサルバドール・ダリを初め、クロード・レヴィ=ストロースアントナン・アルトーなど思想家達にも愛された。ウディ・アレンテリー・ギリアムも彼等の大ファンで、多くの作品でマルクス兄弟作品からの引用を行っている。『世界中がアイ・ラヴ・ユー』のラスト・シーンでは、全員がグルーチョのヒゲを付けていた。日本では小林信彦筒井康隆志村けんケラリーノ・サンドロヴィッチいとうせいこうらが、マルクス兄弟のファンである。

イギリスロックバンドクイーンも4枚目のアルバムを『オペラ座の夜(A Night at the Opera)』、5枚目のアルバムを『華麗なるレース(A Day at the Races)』と、マルクス兄弟の映画のタイトルをつけている。

1999年アメリカン・フィルム・インスティチュートが発表した「映画スターベスト100」では、男優部門の20位に選ばれた[8]
出演作品

Humor Risk
(1921年)※未発表のうちにプリントが行方不明になる。外部リンクの"HUMOR RISK"も参照。

ココナッツ The cocoanuts(1929年)

けだもの組合 Animal Crackers(1930年)

いんちき商売 Monkey Business(1931年)

御冗談でショ Horse Feathers(1932年)

我輩はカモである Duck Soup(1933年)

オペラは踊る A Night at the Opera(1935年)

マルクス一番乗り A Day at the Races(1937年)

ルーム・サーヴィス Room Service(1938年)

マルクス兄弟珍サーカス At the Circus(1939年)

マルクスの二挺拳銃 Go West(1940年)

マルクス兄弟デパート騒動 The Big Store(1941年)

マルクス捕物帖 A Night In Casablanca(1946年)

ラヴ・ハッピー Love Happy(1949年)

その他

スチュアート・M・カミンスキーハードボイルド小説「トビー・ピータース・シリーズ」の第三作『我輩はカモじゃない(You Bet Your Life)』では依頼人の設定とされている。


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