マニュアルトランスミッション
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シンクロメッシュが普及したことで、自動車の運転がより容易となった。

古くは自動車用MTもシンクロナイザーを備えていないのが一般的で、シンクロメッシュが普及したのちには対比的にノンシンクロトランスミッションと呼ばれるようになった。耐久性や整備性の観点から、ノンシンクロトランスミッションは現在でも大型の自動車、建設機械、オートバイあるいは競技用の自動車などで利用される例がある。
後進ギア

一般的な自動車用のMTでは、前進ギアが2つの歯車で一組であるのに対し、後進ギアはリバースアイドラー(: reverse idler gear)と呼ばれる歯車を加えた3つの歯車が1組で構成される。前進ギアよりも歯車を1つ多く介して伝達されるため回転方向が逆になる(後退とも言う)。

前進ギアに常時噛み合い式が採用されることが一般的になってからも、後進ギアには選択摺動式が採用されることが多かったが、後進ギアにも常時噛み合い式が採用され、同時にシンクロナイザーが組み合わされるようになった。選択摺動式の場合、カウンターシャフトとアウトプットシャフトに固定された歯車は互いに噛み合っておらず、後進が選択されるとがこれらの歯車の間にリバースアイドラーが挿入されて動力を伝達する。そのためリバース時には独特のうなり音が発生する。また、選択摺動式の場合は平歯車であるため、はす歯歯車を利用したほかの段位に比べると走行時の騒音が大きくなる。
整備

MTはオイルで潤滑されていて、定期的に交換しなければならない自動車もある一方、交換を不要とする車種もある。マニュアルトランスミッションの潤滑に用いられるオイルはギアオイルと呼ばれ、歯面の滑りや歯面にかかる圧力で油膜が切れるのを防ぐため、硫黄リン亜鉛などからなる極圧添加剤と呼ばれる化合物が添加されており、特有の匂いがある。ただしギヤの種類の関係からディファレンシャル系統などに比べ過酷度は一般的には厳しくなく、また極圧剤がシンクロメッシュへの攻撃性を持つ場合があるため、ディファレンシャル系統よりも極圧性の低いオイルが指定される事が多い。しかしディファレンシャルと一体化したトランスアクスルにおいては一定の極圧性が求められるためシンクロ攻撃性とのバランスが求められる。一部の製造業者ではギアオイルにこれらの添加物を使わず、近年までは通常のエンジンオイルを指定していたが、現在では自社ブランドのギアオイルを指定している。4サイクルエンジンを搭載したオートバイのMTはエンジンのクランクケースと一体化したギアハウジングを採用している車種がほとんどで、エンジンオイルによってトランスミッションも同時に潤滑する。
クロースレシオトランスミッション詳細は「クロスレシオトランスミッション」を参照

各変速段の間の歯車比の差が比較的小さいトランスミッションはクロースレシオトランスミッションと呼ばれる。クロース(Close)は「近い」の意で、歯車比の差を小さく(近く)することで、変速前後のエンジン回転速度の変化を小さくできる。
MT車特有の運転操作詳細は「クラッチ」、「半クラッチ」、および「クラッチペダル」を参照

AT搭載車やセミオートマチックトランスミッション搭載車とは異なり、MT搭載車ではクラッチの操作を運転者が行う。車両を停止させる場合やシフトチェンジを行う際にはクラッチを切ってトランスミッションへ伝達される動力を遮断する。自動車ではペダルによって、オートバイではハンドルの左側に付いたレバーで操作するのが一般的で、単純な動力の断接だけでなく、クラッチを滑らせながら部分的に動力伝達させる半クラッチと呼ばれる操作もMT搭載車を運転する上で不可欠な運転操作である。

登坂路で発進する際はクラッチを切ったままブレーキペダルから足を放すと車両が後退してしまうため、これを防ぐためにパーキングブレーキを利用し、クラッチ接続と同時に徐々にブレーキを解放する運転操作もある。「坂道発進」と呼ばれ、日本の自動車教習所ではMT車を運転する実技の必須項目となっている。

左足でクラッチを操作するのと同時に、右足でブレーキとアクセルを同時に操作する場合もあり、ヒール・アンド・トウと呼ばれる。3つのペダルで運転操作を行うMT搭載車特有の操作方法である。また、モータースポーツなどで行われる特殊な操作方法として、走行中にアクセルを開いたままクラッチを切り、エンジンの回転速度が上がったところで急激にクラッチを接続する操作もある。故意に駆動輪を空転させて、エンジンの回転速度を出力が高い領域、すなわちトルクバンドに保って走行するための運転技術である。駆動輪が空転するため車体の挙動が不安定になるが、これをドリフト走行のきっかけに利用する場合もある。
クラッチスタートシステム詳細は「クラッチスタートシステム」を参照

トランスミッションをニュートラルにしないまま、クラッチを踏まずにエンジンを始動させると車両が走り出して事故に繋がる恐れがあることから、日本国内では、1999年7月以降より新車で販売されているMT車には、クラッチを踏まないとエンジンがかからない、クラッチスタートシステムの採用が義務付けられている。
他の変速機との比較

乗用車の場合、一般的な自動変速機と比較すると次のような特徴がある。

構造が単純で、許容トルクに比して小型、軽量である。

歯車による伝達のため、
CVTよりも伝達効率が高い。

定常運転時は滑りのない摩擦クラッチと組み合わされるため、ロックアップ機構を持たないトルクコンバータ式ATより伝達効率が高い。

押しがけや引きがけ[注釈 1]によるエンジンの始動が可能である(クラッチスタートシステム装着車でも可能である)。

AT車に比べて複雑な運転操作を要するが、逆にいえば単にブレーキペダルとアクセルペダルを踏み間違えただけでは意図せぬ発進をせず、意図せぬ急加速も抑えられることでもある。
ブレーキとアクセルの踏み間違い事故」も参照

複雑な運転操作により運転に対する集中力が保たれるとする主張や、複雑な運転操作に楽しみを見出す趣向もある。

マニュアルモード付きAT「マニュマチック」も参照

AT車のカタログに「マニュアルモード付き」などのように記載されていれる場合、通常のモードでは自動で行われる変速を、ドライバーの任意で選択できるスイッチを設けたATを示している。CVTの場合は、自動制御では変速比を無段階で連続的に変化させているが、マニュアルモードではCVTの変速範囲の中で段階的に設定された変速比をスイッチで選択できるように制御する。いずれも変速比を任意で選べるだけであり、MTのようなクラッチ操作は不可能かつ不要である。英語圏では、マニュアルモード付きのトルクコンバータ式ATは「manumatic」と呼ばれる。

現在のF1NASCARインディカーSUPER GTDTMWRCル・マンなどのプロ向けビッグレースでは軒並みセミATが採用されており、変速の速さで劣るMTは完全に絶滅している。一方86/BRZレーススーパー耐久(ST-2?ST-5クラス)のようなアマチュア色の強いレースや、ドリフトのような特殊な操作を必要とする競技は依然としてMTが主流である。

小型バイクなどに使われる自動遠心クラッチ等を利用した手動変速機も、セミオートマチックトランスミッションも、マニュアルモード付きATも共に、日本の運転免許制度上では、クラッチ操作ペダル・クラッチ操作レバーがなければオートマチック限定免許で運転が許される。
日本の普及状況

MTは比較的製造コストが低く、動力の伝達が効率的であったため、かつてはMTが主流で、ATは一種の贅沢品としてオプション設定とされることが多かった。特に排気量の小さい小型車については、初期のATはトルクコンバーターの損失が大きく、走行性能・燃費性能共に低かったため、エンジンの動力を効率的に使えるMTが適していた。

しかし、近年の車種では無段変速機(CVT)やATの方が燃費でも走行性能面でも優位に立っており[5]、性能的アドバンテージを失ったMTは大きく数を減らした。日本では1980年代後半まで、MTは四輪自動車の変速機構の主流であったが、今はモデルチェンジや改良によりMTを廃止し、ATもしくはCVTのみに縮小されることが多い。また三菱自動車(日本国内における。輸出仕様には現在もMT車が存在する)のように自社生産車からMTを全廃する意向のメーカーも現れた。モデル別に見ても、ミニバンでは、1999年平成11年)の日産・セレナのモデルチェンジ、トヨタエスティマエミーナ及びエスティマルシーダのモデル廃止をもってラインナップから姿を消した。2017年(平成29年)の国内MT比率は2.6 %であった。

このようにMTは完全に時代遅れの感が強いが、2019年(平成31/令和元年)現在でもスバル・WRX STIトヨタ・マークX GRMN(限定生産)のようなMT専用モデルが販売されているほか、スズキ・ジムニーホンダ・S660トヨタ・86/スバル・BRZマツダ・ロードスターのような安価かつ趣味性の強い車種ではMTがATより売れているものもある[6]スズキは、ブランクを経て復活した8代目アルトワークスで、MTを操ることの楽しさを前面に押し出した宣伝を行っていた。これら以外にも、トヨタマツダ、スズキは実用車種にも積極的にMTをラインナップしている。また、変速操作に合わせてエンジン回転数の制御を行う日産の「シンクロレブコントロール」や、それに加えて微速時や坂道発進時にスロットルを多めに開いてエンストを防ぐトヨタのiMTのような、新たな付加価値を持つMT車も増えており、運転操作の難しさを払拭し、MT車の良さを伸ばす努力がなされている。


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