マッテオ・レンツィ
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首相としては左派ながら自由主義的な経済改革を進め、労働市場改革などで企業の業績を向上させていたが[12]、貧富の格差も広がって労働者層の離反を招いている。また上院の廃止など性急な改革を推進し、手法が「民主的ではなく独裁的」としてリベラル勢力からも批判されており、独善的な行動から徐々に政界で孤立を深めた。

元老院イタリア議会の上院に相当)や地方政府の持つ権限の削減を提唱し、そのための憲法改正を問う国民投票を2016年12月4日に規定した。この際に、退路を断つ為に改正案が否決されれば首相を辞任するとしたため、この国民投票がレンツィに対する信任投票となった[13]。当初から各種世論調査では反対派が圧倒的に優勢であり[14]、党内でもレンツィに反対する政治家が倒閣運動を行った。

2016年12月4日、国民投票の結果で憲法改正案は大差で否決される見通しとなった[13][15]。同年12月7日、マッタレッラ大統領に辞表を提出して首相を辞任[16]、党書記長からも退いた。辞任の際には権力に固執せず、潔く政治家から身を引くとして政界引退を表明した。
書記長復帰と再退任

2017年2月19日、前言をあっさり翻して政界復帰と書記長への返り咲きを目指す意向を発表、3月7日に書記長へ再選されたものの身勝手な言動に党内で反発が広がった。政敵であるピエル・ルイジ・ベルサーニら憲法改正に反対した民主党議員が離党して新たに「憲法第1条・民主進歩主義運動(英語版)」を結党、結党から十年目にして民主党は分裂した。

2018年3月12日、総選挙でレンツィ率いる中道左派連合は上下両院で議席の半数を失う歴史的大敗を喫し、同盟・五つ星運動という左右ポピュリズムの大連立政権を前に野党へ転落した。同年3月7日、選挙敗北の責任を取って再度の書記長辞任を表明した。その後は暫く中道派の議員の一人として、極左勢力やポピュリズムに理解を示すニコラ・ジンガレッティ(英語版)書記長への批判を続けている。同盟と五つ星運動の対立でコンテ政権が退陣に追い込まれたのに対し、民主党と五つ星運動が連立して第2次コンテ政権を擁立する動きが起きた事に強く反発している。
イタリア・ヴィヴァ

第2次コンテ政権発足直後の2019年3月29日、民主党からの離党と新党結成を宣言。引き続きコンテ政権を支えると表明したが、政権内からは批判の声が上がった[17]。その後、イタリア・ヴィヴァを結党した。

2020年の新型コロナウイルス感染症拡大の局面では、欧州連合の資金を活用しての復興政策をめぐって、投資を重視していないと政府案を批判するなどコンテとの対立が生じるようようになった。2021年1月13日にレンツィは連立政権からの離脱を表明し内閣から閣僚を引き上げ、コンテ内閣は少数与党に転落した[18][19]。レンツィは、下院に提出されたコンテ内閣の信任決議案は否決されるだろうとの見通しを示していたが[20]、世論の支持は得られずIVの支持率は低迷。18日から19日にかけて上下両院で行われた信任投票の採決でもIV所属議員が棄権や欠席に回ったこともあって信任決議は可決され、レンツィの倒閣運動は失敗に終わった[19]。とはいえ少数与党で政権運営が苦しい状況は変わらず、1月25日にはコンテは首相を辞任する見通しと伝えられた[21]
人物

高校教師であるアニェーゼ・ランディーニ夫人との間に、3人の子供がいる[1][22]

演説が上手く、メディア戦略によって民衆の心をつかむのに長けている。一方で、ベテラン政治家たちを「老害」と呼んで排除するなど党に不協和音を生み出しており、マスコミからは「壊し屋」と呼ばれている[22]

神を引き合いに出すことを好んでいる。友人の話によると、レンツィは教会の神父に「マッテオ、確かに神はおられる。だが君ではない。肩の力を抜きなさい」と諭された[1]

2014年時点で90万人以上のフォロワーがいる「Twitter中毒者」。ナポリターノ大統領から首相に指名された2分後には、「行くぞ、行くぞ!」と興奮気味のツイートをした。朝6時40分に首相官邸の写真付きで、「政府の緊急案件を処理中。#おはよう」とツイートしたこともある[1]

猛烈な仕事人間である。側近たちは、レンツィを3分以上座らせておくのに苦労している。朝早くから仕事をしており、寝るのは午前2時で、日曜日も仕事をしている[1]

アメリカの政治モデルを評価している。民主党書記長選に出馬したときは、国中を車で回るというアメリカを真似た選挙活動を行った[1]。敬愛する政治家は元イギリス首相トニー・ブレアアメリカ大統領バラク・オバマ[22]

一方、イタリア国内ではムッソリーニとレンツィを同一視する批判もある。これはリベラルな中道左派を自認しているにもかかわらず、議会運営が性急かつ強権的な為である。レンツィは比例代表制について過半数を得る政党がなければ再選挙を行い、「その場合は第一党かつ40%以上を得票した政党に過半数を与える」とした選挙法改正を行い[23]、さらに憲法改正による実質的な一院制への移行を推し進めている。これはムッソリーニが独裁の過程で実施した改革と類似しており、若くして首相となった点も同じである。
脚注^ a b c d e f g h i j “ ⇒どん底イタリアに奇跡を起こす男”. 2013年12月18日閲覧。
^ “ ⇒Elezioni Comunali Turno di ballottaggio 21-22 giugno 2009”. Comune di Firenze (2009年). 2013年12月18日閲覧。
^ “UPDATE1: イタリアの次期大統領選の投票が18日開始へ、元上院議長が有力候補に”. 2016年2月16日閲覧。
^ “ ⇒イタリアでナポリターノ大統領が異例の続投―2度目の超党派の組閣へ”. 2016年2月16日閲覧。
^ “伊新首相にレンツィ氏指名 39歳最年少首相へ”. 産経新聞 (2014年). 2014年2月18日閲覧。
^ 伊レンツィ内閣、閣僚の半数は女性 名簿提出 日本経済新聞 2014年2月22日
^ “ ⇒EUはこのまま崩壊に向かうのか? 独善的なドイツの姿勢に不満噴出”. 2016年2月16日閲覧。
^ “ ⇒焦点:難題山積のEU、来年は英離脱選択なら壊滅的打撃”. 2016年2月16日閲覧。
^ “[FT大勝のレンツィ伊首相、今が改革の時(社説)]”. 2016年2月16日閲覧。
^ “ ⇒Auksjonerer bort regjeringens luksusbiler pa Ebay”. 2016年2月16日閲覧。
^“新大統領にマッタレラ氏?レンツィ首相の支持候補”. bloomberg.co.jp (ブルームバーグ). (2015年1月31日). ⇒http://www.bloomberg.co.jp/news/123-NJ4QU16S972B01.html 2016年2月16日閲覧。 
^ “ ⇒Five reasons why Italy is on the up”. 2016年2月16日閲覧。


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