古来、フランスでは鵞鳥は民話や童話に頻繁に取り上げられる動物であり、また、イギリスでも家禽として重宝される動物であった。おとなしく比較的世話が楽なこの水鳥の面倒は各家庭のお婆さん(祖母やその他の老婆)の受け持ちというのが通例で、また、時間を持て余しているお婆さん(とにかく老婆)はしばしば伝承童話や童謡の担い手でもあることから、「鵞鳥」「童話・童謡」「お婆さん」という3つの要素が結び付いたものと考えられる[21][29]。
つまり、言葉としては "mother(母さん)" を残したまま、"goose(鵞鳥)" が "grandma(婆さん)" を引き寄せたことで、その実、「母さん」のイメージは「婆さん」に置き換えられたということになる。
右に示した画像は、19世紀のフランス人画家ギュスターヴ・ドレがシャルル・ペローの童話集『昔ばなし』に自筆の41枚のエッチングを添えた昔ばなし "Les Contes de Perrault " 1866年エディションにおける、口絵の一つである。原語(フランス語)の呼称からは、孫たちに囲まれたお婆さんがペローの童話を読み聞かせている場面をイメージしていることが分かる。しかし、英語では「書かれたおとぎ話を読み聞かせるマザーグース」と名付けられている一図である。ここでは、いつも読み聞かせてくれるのは(わたしたちの)優しいお婆さんであり、わたしたちの優しいお婆さんはマザーグースなのである。
Mother Goose(マザー・グース)は、上述のような童謡や童謡集の伝説上の作者として紹介されることもある。英和辞典でも童謡の総称としてよりもこちらの説明を載せている例がある。例えば『英辞郎』の場合、Mother Goose を「Mother Goose's Talesを書いたとされる想像上の人物」としており、語源については「フランス語のcontes de ma mere l'oye(=tales of mother goose)の翻訳から」と説明している[14]。そして、件の童謡の総称としての Mother Goose については、その次の説明で "Mother Goose rhyme(音写例:マザー・グース・ライム) と呼び分けている[14]。加えて、人名としての Goose, Mother を参照するよう促しており[14]、つまりこれが意味するところは、Goose がファミリーネーム(家名)で Mother Goose は「グ?ス家の母」といったような二つ名(通称)ということである。 また、後述する鵞鳥に乗る魔女めいた人物を第1義に挙げる辞事典も珍しくない。その筆頭に挙げてもよい例は『ブリタニカ百科事典』であり、第1義に「架空の老女」を挙げ[30]、続けてその特徴を説明してゆくが、内容は鵞鳥に乗って空を飛ぶ魔女のそれである[30]。ペローに始まり、サンバー、ニューベリーと繋がる歴史的経緯については、第2義的位置付けで説明される[30]。 オールド・マザー・グース左:19世紀のスタッフォードシャーで量産されていた、鵞鳥に乗ったマザー・グースなる人物の磁器人形。 伝説上の人物としてのマザー・グースは、鵞鳥(がちょう、domestic goose)もしくは家鴨(あひる)[31]の背に乗ってどこへでも自由に飛んでゆく老婆[31]あるいは魔女として描かれている。
マザー・グースなる人物
辞事典では
鵞鳥に乗る魔女
右:ディブディン脚本のパントマイムのチャップブック。1860年代。