ポリオウイルス
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各血清型のうち、特定の株がポリオワクチンとして用いられる。不活化ポリオワクチン (IPV) はいずれも病原性標準株であるMahoneyないしBrunenders (1型)、MEF-1/Lansing (2型)、Saukett/Leon (3型)の3株をホルマリンにより不活化することで製造される。経口ポリオワクチン (OPV) は弱毒生ワクチンであり、弱毒化された各血清型のポリオウイルスを含む。1960年代に世界的に使われるようになったサビンのOPVでは、1型と3型がサル腎臓上皮細胞でのウイルス継代を経て作製されている。また、全ての型のワクチン株がウイルスゲノムのIRES領域に変異を持ち、特に1型と3型における病原性の低下に大きく寄与していると考えられている[21]

過去には、ポリオウイルスはピコルナウイルス科エンテロウイルス属の独立種として分類されていた。2008年に分類が見直され、ポリオウイルスの各血清型はいずれもエンテロウイルス属の独立種から外れ、ピコルナウイルス科エンテロウイルス属ヒトエンテロウイルスC型(後にエンテロウイルスC型に名称変更)に加えられている。また、エンテロウイルス属の標準種もポリオウイルスから(ヒト)エンテロウイルスC型へと変更されている[30]
病原性詳細は「急性灰白髄炎」を参照ポリオウイルスの電子顕微鏡像

どのウイルスにおいても感染成立の可否は、主に細胞侵入と感染性粒子の再形成の2点によって決定される。ポリオウイルスの場合はCD155の存在が感染の成立する動物種と組織を決める。CD155は(実験的環境を除き)ヒト、高等霊長類、および旧世界ザルでのみ認められる。しかしながら、ポリオウイルスは非常にヒトに特異的なウイルスであり、自然環境下で他の霊長目に感染する事はない(ただし実験的にはチンパンジーや旧世界ザルも感染する)[31]

CD155遺伝子は正の選択の対象となっているようである[32]。CD155はシグナルペプチド、D1からD3の3つの細胞外ドメイン、膜貫通ドメイン、および細胞内ドメインから構成される417アミノ酸残基長のタンパク質で、そのうちD1ドメインがポリオウイルス結合領域である[33][34]。特にD1ドメインの37個のアミノ酸残基がウイルスとの結合に重要である[32]

ポリオウイルスはエンテロウイルス属のウイルスであり、感染は糞口感染による。つまり、ポリオウイルスを接種した時、ウイルスの増殖は消化管内で行われる[35]。ウイルスは感染患者の糞便と共に排出される。 95%の患者は一時的にウイルス血症(ウイルスが血中に存在する状態)となるが、症状は不顕性である。約5%の患者において、ウイルスは消化管以外に褐色脂肪組織細網内皮系筋組織などの組織へ拡散し、増殖する。ウイルスの持続感染は二次的なウイルス血症と、発熱、頭痛、喉の痛みといった軽微な症状を引き起こす[36]。麻痺性の急性灰白髄炎を生じるのは1%に満たない。麻痺は、ウイルスが中枢神経系 (CNS) に侵入し、脊髄脳幹、大脳皮質運動野運動ニューロンの細胞内で増殖した場合に発症する。運動ニューロンへの侵入と増殖により運動ニューロンの選択的破壊を招き、結果的に一時的か永続的な麻痺となる。稀に麻痺性の急性灰白髄炎は呼吸停止を招き、死に至る。麻痺型の場合は、虚弱と麻痺の発症前に筋肉痛や痙攣が頻繁に観察される。典型的には麻痺は回復の前に数日から数週間持続する[37]

あらゆる点で、神経への感染は通常の消化管感染から偶発的に生じると考えられている[14]。どのようにポリオウイルスが中枢神経系へたどり着くかはほとんど理解されていない。この神経系への侵入機構については3つの背反な仮説が呈示されてきた。いずれの仮説もまずウイルス血症が前提となる。第1の仮説はウイルス粒子がCD155とは無関係に血液脳関門を直接通過して血液から中枢神経系へ侵入するというものである[38]。第2の仮説はウイルスを含む血流にさらされた筋などの末梢組織から、逆行性軸索輸送によって神経を通って脊髄へ移行するという説である[39][40][41]。第3の仮説はウイルスが感染した単球、マクロファージを通じて輸送されるというものである[8]

急性灰白髄炎は中枢神経系の疾患である。しかしながら、CD155はほとんどの、あるいは全てのヒトの細胞の表面に存在しているとされている。そのため受容体の発現動態ではポリオウイルスが特定の組織に好んで感染する理由を説明できない。この事は組織向性(英語版)が細胞への感染の後に決まる可能性を示唆する。近年の研究はポリオウイルスの増殖を維持する細胞を決定する上で、I型インターフェロン(特にIFN-αとIFN-β)の反応が重要な因子であるという説を提唱している[42]。(遺伝子組み換えによって生み出された)CD155を発現し、I型インターフェロンの受容体を欠損するマウスでは、ポリオウイルスは様々な組織で増殖できるようになるのみならず、さらに経口感染により感染が成立するようになる[43]
免疫回避

ポリオウイルスは免疫回避機構を2つ持つ。まず、このウイルスはにおける強酸性の環境下でのタンパク分解酵素であるペプシンによる消化や、それ以降の腸管での消化においても不活化されずに、腸に感染できるため、経口感染することが可能である。その後、リンパ系を通して全身へ広がり感染を拡大することができる[4]。 次に、ポリオウイルスは増殖速度が極めて速いため、免疫応答の準備ができる前に全身の臓器を制圧する[44]

自然感染にしろポリオワクチンの接種にしろ、ポリオウイルスの暴露を受けた患者はポリオウイルスに対する免疫を獲得する。免疫を獲得した場合は扁桃や腸管に抗ポリオウイルス抗体(特にIgA抗体)が分泌され、ポリオウイルスの増殖を防ぐ。また、抗ポリオウイルスIgG抗体や抗ポリオウイルスIgM抗体はウイルスが運動ニューロンや中枢神経系に広がるのを防ぐ事ができる[21]。ある血清型に対する免疫は他の血清型に対する防御効果を持たないものの、感染したポリオウイルスを一旦排除できたヒトが再びポリオウイルスに感染するのは極めて稀である。
ポリオウイルスと実験技術
PVRトランスジェニックマウス

ポリオウイルスの自然宿主がヒトのみであることは知られているが、一方でサルも実験的には感染しうる。そのため、サルは長い間ポリオウイルスの研究に実験動物として用いられてきたが、1990年から91年の間に小動物を用いたポリオ感染モデルが2つの研究所で開発された。遺伝子工学を用いてヒトのPVR (hPVR) を発現するように改変されたマウスである[45][46]

ポリオウイルス受容体を発現するトランスジェニックマウス (TgPVRマウス) は通常のマウスと違い、静脈内接種、筋肉内接種脊髄内または内への直接接種のいずれかの経路でポリオウイルスを接種した場合、ポリオウイルスに対して感受性となる[45][47][48][49]。 感染時にTgPVRマウスは麻痺症状を示し、これはヒトやサルの急性灰白髄炎の症状と類似する。さらに麻痺を起こしたマウスの中枢神経系における病理組織所見もヒトやサルと類似する。このようにポリオウイルス感染マウスモデルはポリオウイルスの生態と病原性を明らかにする上で用いられている[49]

TgPVRマウスの中でもいくつかの系統がよく研究されてきた:[50]

TgPVR1マウスはヒトPVRの遺伝情報を持つ導入遺伝子を第4染色体上に持つ。この系統のマウスは導入遺伝子の発現量が最も高く、ポリオウイルスに対して最も高い感受性を示す。TgPVR1マウスは脊髄内、脳内、筋内、経静脈のいずれの経路のウイルス接種に対しても感受性であるが、経口感染は成立しない。

TgPVR21マウスは第13染色体上にヒトPVR遺伝子を持つ。この系統のマウスは脳内接種においてポリオウイルスの感受性が低く、hPVRの発現量が低いために感受性が低下している可能性がある。TgPVR21マウスはポリオウイルスの経鼻感染に感受性である事が示されており、粘膜感染モデルとして有用かもしれない[51]


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