ポアンカレの回帰定理の主張は、ハミルトン力学における相空間上の点の時間発展を数学的に抽象化した測度空間上の保測変換の満たす性質として、定式化される[2][8][9]。ハミルトン力学では、一般化座標 q=(q1,…,qn) と正準共役な正準運動量 p=(p1,…,pn) の組からなる正準変数 (q, p) によって、系の状態が記述される。(q, p) で指定される状態は相空間上の点であり、その時間発展は相空間の軌道 (q(t), p(t)) として、表現される。
(q(t), p(t)) の時間発展は、ハミルトンの正準方程式 d q i d t = ∂ H ∂ p i {\displaystyle {\frac {dq_{i}}{dt}}={\frac {\partial H}{\partial p_{i}}}} d p i d t = − ∂ H ∂ q i ( i = 1 , ⋯ n ) {\displaystyle {\frac {dp_{i}}{dt}}=-{\frac {\partial H}{\partial q_{i}}}\quad (i=1,\cdots \,n)}
で記述される。但し、H=H(q, p) は系のハミルトニアンである。この時間発展によって T t : ( q ( 0 ) , p ( 0 ) ) → ( q ( t ) , p ( t ) ) {\displaystyle T_{t}:(q(0),p(0))\rightarrow (q(t),p(t))}
を与える写像 Tt が定まる。写像 Tt は性質 T t ∘ T s = T t + s {\displaystyle T_{t}\circ T_{s}=T_{t+s}} T t ∘ T − t = I {\displaystyle T_{t}\circ T_{-t}=I}
を満たしており、その集合 {Tt} は流れ(flow)と呼ばれる。リュービルの定理によれば、相空間上の体積要素 d q 1 d p 1 ⋯ d q n d p n {\displaystyle dq_{1}dp_{1}\cdots dq_{n}dp_{n}}
は、 {Tt} による時間発展に対して、不変である。これは、{Tt} が測度を不変に保つ保測変換であることを意味する。
ハミルトニアン H(q, p) が時間に陽に依存しない場合、エネルギー E は保存量であり、軌道 (q(t), p(t)) は H ( q , p ) = E =: c o n s t . {\displaystyle H(q,p)=E=:\operatorname {const.} }
で与えられる相空間内の等エネルギー面 ΩE [10]内に留まることとなる。この等エネルギー面 ΩE 内の領域 A の面積は、
μ ( A ) = ∫ A d σ 。 。 ∇ H ( q , p ) 。 。 {\displaystyle \mu (A)=\int _{A}{\frac {d\sigma }{||\nabla H(q,p)||}}}
で与えられる。ここで、dσ は ΩE の面積要素[11]、∇H(q, p) は勾配ベクトルである。すなわち、 ΩE(とその完全加法族𝔉)に測度 μ が導入される。
ポアンカレの回帰定理では、ΩE の面積が有限であるという仮定 μ ( Ω E ) < + ∞ {\displaystyle \mu (\Omega _{E})<+\infty }
が置かれる。これは、一般化座標 q や正準運動量 pが無限に増大することがないという仮定に相当する。 集合 Ω に対し、𝔉を Ω 上の完全加法族、μ を測度とする測度空間 (Ω, 𝔉, μ) を考える。ここで Ω は有限 μ(Ω)<+∞ であると仮定する。また、写像 T: Ω→Ω を任意の A ∈ 𝔉 について、μ(T−1(A))=μ(A) を満たす保測変換とする。A ∈ 𝔉 が μ(A)>0 であるとすると、ほとんど至るところの点 ω ∈ A に対し、半軌道 {Tnω; n≥0} は無限回 A に戻ってくる[8][9]。負の方の半軌道{Tnω; n≤0} についても同様である。 測度が0となる零集合 N を除いて、 A の点 ω が A に再帰することを示す。B⊂A が μ(B)>0 であるとする。もし任意の ω∈Bがすべての n>0 について、Tnω∉A であるとすると、TnB∩B=∅ である。任意の m≥0 でTn+mB∩TmB=∅ であるから、 {Tn B} は互いに交わらない可算無限列である。よって、測度の完全加法性より μ ( ⋃ n = 0 ∞ T n B ) = ∑ n = 0 ∞ μ ( T n B ) {\displaystyle \mu \left(\bigcup _{n=0}^{\infty }T^{n}B\right)=\sum _{n=0}^{\infty }\mu (T^{n}B)} である。一方、 ⋃ n = 0 ∞ T n B ⊂ Ω ∈ F {\displaystyle \bigcup _{n=0}^{\infty }T^{n}B\subset \Omega \in {\mathfrak {F}}} より、前式の両辺は有限であるが、保測性と μ(B)>0 の仮定により、右辺は有限性に矛盾する。ゆえに測度が0となるN⊂Aを除いたω∈A \ Nに対し、ある n>0 が存在し、Tnω∈A となる。 前述の A の零集合 N に対し、 N + = ⋃ n = 0 ∞ T n N {\displaystyle N_{+}=\bigcup _{n=0}^{\infty }T^{n}N} と定めると、μ(N+)=0 であるから、任意の ω∈A \ N+に対し、ある n>0 が存在し、Tn ω∈A \ N+ となる。したがって、この論法を繰り返すことができ、ω∈A \ N+に対し、Tnω は無限回 A \ N+ に戻ってくることがわかる。 ボルツマンは熱力学第二法則を原子論で説明することを試み、H定理を発表した。これに対してエルンスト・ツェルメロ(E.Zermelo)は、1896年にポアンカレの回帰定理を根拠とする、再帰パラドックス(recurrence paradox)を発表して批判した[6]。 古典力学におけるポアンカレの回帰定理に対し、その量子力学版といえる量子回帰定理が存在する[12]。この定理によれば、離散的なエネルギー準位のみをもつ量子系は、時間発展により、初期状態のいくらでも近くに戻ってくる。離散エネルギー準位のみを持つ量子系において、系の状態ベクトルを|ψ(t)⟩で表す。このとき、任意の正の定数 ε > 0と任意の初期時刻t0に対し、
定理の数学的表現
証明の概略
再帰性の証明
再帰が無限回であることの証明
熱力学との関連詳細は「H定理」および「不可逆性問題」を参照
量子力学における回帰定理詳細は「量子回帰定理」を参照
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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