タップスの死後、土地を相続した息子のジョージ・タップス=ジャーヴィス(George Tapps-Gervis)が更なる街の発展に着手し、ボーンマス最初のホテル(現在のロイヤル・バース・ホテル)を建設したり、著名な作家を招いて滞在させるなど、リゾート地としての知名度の向上に尽力した[5][7]。1856年には今日街のシンボルであるボーンマス桟橋の原型となる長さ30mの桟橋が設置された[8]。
1870年に鉄道が開通すると街は急速に発展し、ミッドランドやロンドンからの避暑客で賑わいを見せるようになった。1880年には17,000人だった人口は1900年には60,000人に跳ね上がり、多くの芸術家や作家が滞在した[5]。20世紀に入ると中心街に多くの劇場、カフェ、ホテル、アール・デコ様式の映画館が誕生した。第二次世界大戦中は大規模な爆撃からは免れたが、海からの侵入に備えて要塞化された臨海地区は深刻な損害を受けた[9]。
歴史的にはハンプシャーの一部であるが、1974年の地方行政再編によりドーセットに編入。1997年より単一自治体の地位を獲得した。 ロンドンから170km南西に位置する。西をプール、東をクライストチャーチ、北をイースト・ドーセット 南海岸に位置するボーンマスは年間を通して比較的温暖な気候に恵まれており、夏の平均気温は12?22℃、冬の平均気温は1?8℃である。年間降水量は約800mmで、イギリスの国内平均である1126mmより少ない[10]。 イギリス平均より10%高い95%の就業人口がサービス産業に従事する。製造業は隣町プールで根付いたためボーンマスでは衰退しており、就業人口の2%に過ぎない[11]。ボーンマス経済の中心は観光業であり、年間4.4億ポンド(約620億円)の収益がある[12]。2020年5月、2019新型コロナウイルスによるロックダウンが解除されると大勢の観光客が海岸線に繰り出し話題となった[13]。 海岸線にほど近いボーン川両岸に形成されたショッピングストリートは、大部分が歩行者天国となっており、ブティックやカフェ、アクセサリーショップが立ち並んでいる。東部のボスコム地区(Boscombe
地理
気候
経済
文化ボーンマス桟橋
7マイル(約11km)続くビーチやヴィクトリア朝・エドワード朝建築の街並みで知られる[15]。かつては現役引退後の生活を楽しむ保養地というイメージがあったが、現在では中心街にクラブやバー、レストランが建ち並び、若者がナイトライフを満喫できる街としても人気がある[16]。また語学学校が多く、主要な語学留学先として多くの留学生が訪れる[17]。
ランドマーク地上から見たボーンマス・アイボーンマス・インターナショナル・センターとボーンマス海洋水族館
ボーンマス桟橋(Bournemouth Pier)
最も有名な観光スポットの一つで、ビーチの中央に位置する。1856年に全長30mの質素な桟橋が設置され、その後度重なる拡張・補強により305mにまで延長されたが、大戦中は敵艦の侵入を防ぐために上部構造を除去されていた。桟橋上にはピア・シアターと呼ばれる劇場があり、レストランやバーも併設されている[8]。
ボーンマス・インターナショナル・センター(Bournemouth International Centre, BIC)
3大政党の党大会が開かれるなど会議場として使用されるほか、コンサート会場としても利用される[18]。
セント・ピーター教会(St Peter's Church)
ボーンマスで最初に建てられた教会で、第一級指定建築物(Grade I listed building)に認定されている[19]。『フランケンシュタイン』の作者として知られるメアリー・シェリーの一族の墓地がある[20]。