医療用医薬品としては Alan B. Scott により、斜視に対し極めて微量のA型毒素が使用されたのを初め、2010年現在、83ヵ国で様々な疾患に用いられている。
日本においては、A型ボツリヌス毒素製剤(商品名:ボトックス注用50単位・100単位)が注射剤として、1996年に眼瞼痙攣、2000年に片側顔面痙攣、2001年に痙性斜頸、2009年に2歳以上の小児脳性麻痺患者における下肢痙縮に伴う尖足、2010年に上肢痙縮・下肢痙縮、2012年に重度の原発性腋窩多汗症の適応で承認・診療報酬に掲載されている。また、2011年にB型ボツリヌス毒素(商品名:ナーブロック筋注2500単位)が痙性斜頸の適応で承認されている。なお、日本では使用にあたり講習を受けなければならない。
アメリカ合衆国においては、斜視、痙性斜頸、眼瞼痙攣、上肢痙縮、多汗症に加え、神経学的疾患による過活動性膀胱、慢性片頭痛の適応で承認されている。過活動膀胱に対するボトックス注射による治療は2020年4月より日本でも保険適用になった[11]。
近年では医療用としてだけでなく、美容外科領域において筋弛緩作用を応用した「眉間やアゴのシワ取り」や「輪郭補正(エラ取り)」の美容目的で使用されていることが多く、日本においても2009年にアラガン社からボトックスビスタという商品名で発売された[12][信頼性要検証]。ボトックスビスタの美容医療業界における市場占有率は半数を超える[13]。世界で1,100万人以上が美容医療分野での治療を受けており、他社薬剤との臨床比較試験においても、持続期間やしわの改善率などに「ボトックスビスタ」が優れているとの結果が報告されている[14]。
また、アカラシアの治療にもボツリヌストキシンの局所注射が有効という報告がある。ただし、これらに関して日本では自由診療である。 眼瞼痙攣に使用した場合に眼瞼下垂、痙性斜頸に使用した場合に嚥下障害などの報告がある[15]。一般的にボツリヌストキシンの有害事象は一過性で、筋弛緩作用が強く発現したことによるものが多い。有害事象の多くは薬理作用の減弱とともに回復する。注意すべきケースは頸部筋に施注する場合で、全身状態の悪い患者に用いた場合、嚥下障害が悪化することが稀にある。通常、医療目的では推定致死量の数百-数十分の一(注射にて換算)という微量を用いるが、用量設定を誤らない限りにおいては概して安全である。 ボトックスは毒性が高く安全性の観点から疑問視されることもあり、ボトックスに比較して急性毒性が低く注射ではない外用剤のアルジルリンが開発されている[16]。 強い毒性を有するため幾つかの法規による規制があり、違反の場合懲役または200万円以下の罰金が科せられるなど、生物テロの未然防止の観点から厳重な罰則規定がある[17]。例えば、病原体等管理業務に関し取り扱う毒素量が規制対象以下(0.1mg)である場合には所持の制限を受けないが、毒素量が0.1mg以下であることの根拠を示す必要がある[18]。
ボトックスの日本以外における適応取得状況(抜粋、2010年)
オーストラリア - 眼瞼痙攣、片側顔面痙攣、第7脳神経障害(12歳以上)、小児脳性麻痺患者における下肢痙縮に伴う尖足(2歳以上)、痙性斜頸、腋窩の多汗症、眉間の皺、痙縮(成人)、痙攣性発声障害、斜視、上顔面部の皺
カナダ - 斜視、眼瞼痙攣、第7脳神経障害(12歳以上)、痙性斜頸(成人)、小児脳性麻痺患者における下肢痙縮、多汗症、痙縮(脳卒中後の上肢痙縮を含む)、上顔面部の皺
チリ - 斜視、眼瞼痙攣、第7脳神経障害(12歳以上)、脳性麻痺、痙縮(成人)、振戦、ジストニア、ミオクローヌス、片側顔面痙攣、痙性斜頸、発声障害、痙性障害、攣縮に伴う背部・頸部・脊椎痛、歯軋り、眉間の皺、腋窩の多汗症、排尿筋過活動による尿失禁
フランス - 眼瞼痙攣、片側顔面痙攣、痙性斜頸、眼球運動障害(斜視、動眼神経麻痺および甲状腺神経障害)、小児脳性麻痺患者における下肢痙縮に伴う尖足(2歳以上)、脳卒中後の上肢痙縮、腋窩の多汗症、眉間の皺(65歳未満)、上肢・下肢の痙縮
ドイツ - 眼瞼痙攣、片側顔面痙攣、痙性斜頸、小児脳性麻痺による下肢痙縮(2歳以上)、脳卒中後の上肢痙縮、腋窩の多汗症、眉間の皺(65歳未満)
イタリア - 眼瞼痙攣、痙性斜頸、小児脳性麻痺による下肢痙縮(2歳以上)、片側顔面痙攣、脳卒中後の上肢痙縮、腋窩の多汗症、眉間の皺
韓国 - 斜視、眼瞼痙攣、第7脳神経障害(12歳以上)、小児脳性麻痺患者における下肢痙縮に伴う尖足(2歳以上、痙性斜頸、腋下の多汗症(18歳以上)、脳卒中後の痙縮、眉間の皺
メキシコ - 斜視、眼瞼痙攣、片側顔面痙攣、脳性麻痺、痙性斜頸、片頭痛、膀胱排尿筋過活動、発声障害、多汗症、顔面の表情皺、筋の過緊張による背部痛、歯軋り、裂肛、アカラシア、振戦、ミオクローヌス性障害
イギリス - 眼瞼痙攣、片側顔面痙攣、痙性斜頸、小児脳性麻痺による下肢痙縮(2歳以上)、腋窩の多汗症、脳卒中後の上肢痙縮、眉間の皺、片頭痛
医薬品としての安全性
関連法規
感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律
二種病原体等に分類され、平成19年6月1日施行の感染症法に基づき、検査、治療、医薬品その他厚生労働省令で定める製品の製造又は試験研究目的にボツリヌス菌・毒素を所持する者は、「感染症発生予防規程の届出」「病原体等取扱主任者の選定」「教育訓練」等が義務づけられている。また、所持や輸入する場合にはあらかじめ厚生労働大臣の許可が必要となる[18]。なお、医療目的で通常用量の所持の場合は、同法の対象にならない。
医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律
厚生労働大臣が指定したものは規制対象から除外で、ボツリヌス毒素では 0.1mg以下のボツリヌス毒素、A型ボツリヌス毒素を含有する製剤500単位以下のもの、またはB型ボツリヌス毒素を含有する製剤10,000単位以下のもの[18]。
国家公安委員会規則
米国CDCでは生物兵器として利用される可能性が高い病原体として、ボツリヌストキシンおよびボツリヌス菌を最も危険度、優先度の高いカテゴリーAに分類している。この他、ペスト菌、炭疽菌、野兎病菌、天然痘ウイルス、エボラウイルスなどの出血熱ウイルスもカテゴリーAに指定されている。
脚注^ 阪口玄二、「ボツリヌス菌毒素の構造と機能