ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス
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なお残されたテープから、クラプトンはテイク17からテイク45までの大半で共演していたことが判明している[20]
ミキシング

クラプトンのギターソロを後から聴き直したハリスンは、「ビートルズっぽさが足りない」と判断し[20]、エンジニアに対して「ビートルズっぽさを出してくれ」と要求した[32][33]。このため、1968年10月14日にモノラル・ミックスとステレオ・ミックスが作成された際に、ギターソロとオルガンにADTがかけられた[20]。音楽学者のウォルター・エヴェレット(英語版)はレノンが弾いたトレモロをかけたギターのパートは、曲のコーダで弾いたフレーズのみ残されたとしている[34]
リリース・評価

1968年11月22日にアップル・レコードからアルバム『ザ・ビートルズ (ホワイト・アルバム)』が発売された[35]。「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」は、『ザ・ビートルズ (ホワイト・アルバム)』に収録されたハリスン作曲による4曲のうちの1つで[36]、レノン作の「ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」と「ザ・コンティニューイング・ストーリー・オブ・バンガロー・ビル」の間の7曲目に収録された[35][37]。現在、この曲以降のジョージ作のビートルズ・ナンバーはジョージの個人楽曲出版社ハリソングス・リミテッドが保有しているが、この曲と同アルバムに収録されている「ピッギーズ」「ロング・ロング・ロング」「サボイ・トラッフル」の4曲は最初アップル・パブリッシング[注釈 3]が保有していた。イギリスやアメリカではシングル・カットされなかったが、日本、ヨーロッパ、オーストラリアなどの国でシングル『オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ』のB面曲としてシングル・カットされた[38][39]。ちなみに日本でシングル発売された時のタイトルは「マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」と、何故か「ホワイル」が抜け落ちていた。その後、ビートルズ解散後の1973年に発売されたコンピレーション・アルバム『ザ・ビートルズ1967年?1970年』や、1976年に発売されたハリスンのソロ名義でのコンピレーション・アルバム『ザ・ベスト・オブ・ジョージ・ハリスン』にも収録された。

ビートルズ研究家のエリン・トルケルソン・ウェバーは、1969年に発売された「サムシング」や「ヒア・カムズ・ザ・サン」とともに、「多くの聴衆がジョージの作品を、レノン=マッカートニーの作品と互角ともいえるほどに素晴らしいと考えるようになった時期の始まり」としており[40]、コラムニストのマーク・ハーツガード(英語版)は自身の著書で「ジョージのキャリアでは初の素晴らしい楽曲で、おそらく『ホワイト・アルバム』で最も印象的な楽曲の1つ」と評している[41]

ローリング・ストーン』誌が選んだ「500 Greatest Songs of All Time」と「The 100 Greatest Guitar Songs of All Time」、さらに「100 Greatest Beatles Songs」に於いて、それぞれ136位[42]と7位[43]、10位[44]にランクイン。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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