ホビットの冒険
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1936年、オックスフォードにいるグリフィズのところに出版社ジョージ・アレン・アンド・アンウィンに勤めている友人のスーザン・ダグナルが訪ねて来た時、グリフィズはダグナルに原稿を貸したか[6]、もしくはトールキンから借りるといいと言ったとされている[7][8]。いずれにせよ、ダグナルは感心し、社長のスタンリー・アンウィンに見せ、彼はそれを息子のレイナーに読ませて書評を書かせた。10歳のレイナーが好意的な短い書評を書くと、トールキンの原稿はアレン・アンド・アンウィンから出版されることになった。
影響

19世紀のアーツ・アンド・クラフツ運動の旗手ウィリアム・モリスは、トールキンに大きな影響を与えた人物の一人である。トールキンはモリスの散文やロマンス詩を模倣し、作品全体のスタイルとアプローチを踏襲している[9]。スマウグの荒らし場で、竜を土地を荒廃させる存在として描いている箇所は、モリスの作品から借用されたわかりやすい例として指摘されている[10]。また、トールキンは、少年の頃にスコットランドの作家サミュエル・ラザフォード・クロケット(英語版)の歴史小説『ブラック・ダグラス(英語版)(The Black Douglas)』に感銘を受け、それに登場する悪役ジル・ド・レを死人占い師(サウロン)のモデルにした、と書き残しており[11]、『ホビットの冒険』と『指輪物語』に登場するいくつかのエピソードは文体や叙述の点でこの作品に共通点があり[12]、作品全体の文体と描写もトールキンに影響を与えたと考えられている[13]

『ホビット』のゴブリンの描写はジョージ・マクドナルドの『王女とゴブリン(英語版)(The Princess and the Goblin)』に強く影響を受けている[14]。しかし、マクドナルドの影響は単に登場人物の造形にとどまらず、彼の作品は、自分のキリスト教信仰においてファンタジーが果たす役割を考える上で、トールキンにとって大きな助けになった[15]

トールキンの作品はいずれも北欧神話の影響が強く見られる。これは彼の北欧神話に対する生涯かけての情熱と、大学でのゲルマン語文献学のキャリアを反映している[16]。『ホビットの冒険』も例外ではなく、本作にも北ヨーロッパの文学、神話、言語の影響が見られ[17]、とくに『詩のエッダ』と『散文のエッダ』に多大な影響を受けている。たとえば、13人のドワーフとガンダルフの名前は『詩のエッダ』に登場する小人の名前に由来する[18]。しかし、古ノルド語から名前を借用しているものの、ドワーフのキャラクターはそれよりも『白雪姫』や『白雪と紅薔薇』などといったグリム童話からとられている。『白雪と紅薔薇』はビヨルンの造形にも影響を与えた可能性がある[19]

"Misty Mountains"(霧ふり山脈)や"Bag End"(袋小路屋敷)といった説明的な名前の付け方は、古ノルド語のサガの命名法を連想させる[20]。ドワーフに味方するカラスの名前は、古ノルド語でカラスを意味する語に由来する[21]。ただし、『ホビット』のカラスの性質は古ノルド語や古英語での「戦死者の屍肉を漁る動物」というものとは異なっている。しかし、トールキンは単に演出として資料の表面を利用しただけではない。言葉の様式、とくに古語と現代語のつながりが物語の重要なテーマの一つになっている[22]。北欧のサガと『ホビット』に共通するもう一つの特徴は、文章入りの地図である[20]。トールキンが描いたドワーフの地図、口絵、ブックカバーなどイラストのいくつかはルーン文字アングロ・サクソン語のバリエーションが使われている。

古英語の文学作品、とくに『ベーオウルフ』に見られるテーマは、ビルボが足を踏み入れる世界を形作る上で大きな位置を占めている。『ベーオウルフ』の研究者だったトールキンは、この詩を『ホビット』を書く上で「もっとも価値ある資料」の一つだとしている[23]。彼は歴史的価値だけでなく、『ベーオウルフ』の文学的価値を高く評価した最初の学者とされており、トールキンの1934年の講義『ベーオウルフ 怪物と批評家(Beowulf: the Monsters and the Critics)』の講義録は、現在でも古英語の授業で使用されることがある。『ベーオウルフ』には、トールキンが『ホビット』で借用した、知恵を持つ巨大な竜などいくつかの要素が含まれており[24]、たとえば侵入者の臭いをかごうと竜が首を伸ばす描写は、若干の変更を加えているものの『ベーオウルフ』からそのまま使われている[25]。また、ビルボが秘密の通路を通ってスマウグに近づく描写は、『ベーオウルフ』に見られるものを忠実に再現している。他に『ホビット』と『ベーオウルフ』に共通するものとして、ビルボがゴクリや後にスマウグに「泥棒(thief)」と呼ばれていることや、後に湖の町(Lake-town)を破壊するにいたるスマウグの残虐な性格などが挙げられる[26]。宝を盗む泥棒や竜の知性と性格など、トールキンは『ベーオウルフ』のストーリーで十分に描かれていないと彼が感じた部分をより良くなるように書き直している[27]

もう一つの古英語の資料からの影響は、名前を持つ、ルーン文字の刻まれた名剣の存在である。そのようなエルフの剣を手に、ビルボはやっとのことで最初の英雄的な行動に出る。ビルボがその剣にSting(つらぬき丸)という名前を付けていることは、彼が『ベーオウルフ』からある種の文化的、言語的な風習を受け継ぎ、同時に彼が古代の世界に足を踏み入れていることを表している[28]。このような『ベーオウルフ』とのつながりは、ビルボが竜の洞窟から杯を盗みだし、竜を激怒させる場面でもっとも端的に現れており、この場面は伝統的な叙述パターンに則って書かれている。


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