ベオグラード
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ベオグラードは17の基礎自治体(オプシュティナ)に分かれている[16]

ベオグラードを構成する自治体の多くはドナウ川およびサヴァ川の南側のシュマディヤ(?umadija)地方に位置している。ゼムンノヴィ・ベオグラード(新ベオグラード)、スルチンの3自治体はサヴァ川の北側のスレム地方に位置し、パリルラはドナウ川を越え、シュマディヤとバナト地方にまたがっている。ベオグラードの自治体

名前面積(km2)人口(1991年)人口(2002年)
バライェヴォ(Barajevo)21320,84624,641
チュカリツァ(?ukarica)156150,257168,508
グロツカ(Grocka)28965,73575,466
ラザレヴァツ(Lazarevac)38457,84858,511
ムラデノヴァツ(Mladenovac)33954,51752,490
ノヴィ・ベオグラード(Novi Beograd)41218,633217,773
オブレノヴァツ(Obrenovac)41167,65470,975
パリルラ(Palilula)451150,208155,902
ラコヴィツァ(Rakovica)3196,30099,000
サヴスキ・ヴェナツ(Savski Venac)1445,96142,505
ソポト(Sopot)27119,97720,390
スタリ・グラード(Stari Grad)568,55255,543
スルチン(Sur?in)285Part of Zemun
municipality until 2004.55,000 (est.)
ヴォジュドヴァツ(Vo?dovac)148156,373151,768
ヴラチャル(Vra?ar)367,43858,386
ゼムン(Zemun)154176,158136,645
ズヴェズダラ(Zvezdara)32135,694132,621
合計32271,552,1511,576,124
出典: セルビア共和国統計局[17]

住民聖サワ大聖堂とセルビア国立図書館(英語版)

2002年国勢調査によると、ベオグラードの住民は民族別ではセルビア人が141万7187人、ユーゴスラビア人が2万2161人、モンテネグロ人が2万1190人、ロマが1万9191人、クロアチア人が1万0381人、マケドニア人が8,372人、ムスリム人が4,617人などとなっている[83]2007年の投票では、ベオグラードの人口はわずか5年で40万人の増加があったことが示唆されている[84]2008年8月2日の時点で、ベオグラードの情報統計局では1,542,773人の有権者が登録されており、その6年前の全人口を上回る有権者が登録されていることになり、2002年以降に急速な人口増加があったことが示されている[85]

ベオグラード情報統計局による2007年末の公式の推計では、街の人口は約1,630,000人となっている[3]

ベオグラードには旧ユーゴスラビア連邦各地の民族が居住している[2]。住民の多くはより小さい街や村部からの移住者や、1990年代ユーゴスラビア紛争によって故郷を失ったクロアチアボスニア・ヘルツェゴビナコソボからの移民である[86]。また、1990年代中期からの移民によって1万人から2万人程度の[87]漢人がベオグラードに居住しているものと推定される。ノヴィ・ベオグラードのブロック70(Blok 70)地区は中華街として知られている[88][89]

ベオグラードにはまた多くのインドネシア人中東系の住民(主にシリアイランヨルダンイラクから、1970年代から1990年代にかけて学業のために移り住み、その後街に定住した人々である[90][91])、アフガニスタン人、イラクのクルド人難民も居住している[92]

ベオグラードには歴史的に複数の宗教の共同体が共存してきたが、街の宗教構成は比較的、均質である。セルビア正教会が圧倒的に最大であり、正教会の信者数は142万9170人である。この他では2万0366人がイスラム教、1万6305人がローマ・カトリック教会、3,796人がプロテスタントに属する。ベオグラードにはかつて一定規模のユダヤ教の共同体があったが、ナチス・ドイツによる占領統治を経て、多くがイスラエルに移住し、その人口は515人にまで減少した[2]
経済

ベオグラードは、セルビアで最も経済的に発達した地域であり、セルビア国立銀行の本拠地である。Jat航空、テレコム・スルビヤ(Telekom Srbija)、テレノル・セルビア(Telenor Serbia)、デルタ・ホールディング(Delta Holding)、セルビア電力産業公社の本社や、ソシエテ・ジェネラルASUSインテル[93]モトローラクラフトフーヅ[94]カールスバーグ[95]マイクロソフトOMVユニリーバ、Zepter、日本たばこ産業などの地域拠点が置かれている[96][97]

1990年代前半のユーゴスラビア社会主義連邦共和国からユーゴスラビア連邦共和国への移行期の混乱はベオグラードにも影響を与えた。セルビアの他地域と同様に、国際的な禁輸によって経済に深刻な影響がもたらされた。ユーゴスラビア・ディナールハイパーインフレは、記録史上最大であったといわれ[98][99]、街の経済を破壊した。ユーゴスラビアは1990年代中期にはハイパーインフレから脱却し、その後のベオグラードの経済成長は目覚しい。2000年代末の時点で、ベオグラードはセルビア全体の国内総生産の30%以上を占め、またセルビアの労働者人口の30%以上を占めている[100]。平均的な月収は47.500セルビア・ディナールであり、ユーロスタット(Eurostat)の手法によれば、コンピュータを保有する家庭は53%に上る[101][102]。同じ調査によると、ベオグラードの家庭の39.1%はインターネット接続を持っており、これはソフィアブカレストアテネなどの他のバルカン地域の首都よりも高い比率である[101]
文化1922年建造のセルビア科学芸術アカデミーの建物

ベオグラードでは多くの文化的催しが開催されている。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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