1885年、読書界の話題となっていたスティーブンソンの『宝島』に対抗意識を燃やして、わずか六週間で書いた『ソロモン王の洞窟"King Solomon's Mines"』が、出版と同時に『宝島』以上の評判となり、売上でもそれを凌ぐ結果となった。この小説の成功により、ハガードは作品の題材を探るべく世界各地を訪れる。アイルランドなど北欧、エジプト、イスラエル、メキシコ、インカ帝国などで、それらを舞台とした秘境冒険小説を次々と発表し、新作が出る度に読者に好評をもって迎え入れられる。その間、失業者再雇用委員会の委員長就任、農業改良運動家、社会活動家としての名声も高まった。1912年には最下級勲爵士であるナイト・バチェラーを受勲。
しかし晩年はハガード流の冒険小説も飽きられ、作品にアラン・クォーターメイン(英語版)(『ソロモン王の洞窟』の主人公で、以後十六編に登場している。)の名が出ないと採用されない状態にもなる。農政問題での活動にも疲れ、作家としても一時の隆盛から遠のき、版元ロングマンズ・グリーン社創立二百年式典で作家代表として祝辞を述べた後、倒れ1925年に世を去った。68歳没。
家族妹のエレオノラ・ダネタン
姉のエレオノラは、駐日ベルギー公使アルベール・ダネタン男爵夫人として明治中期の日本に16年間暮らした。下記の訳書が刊行されている。 ハガードの秘境探検小説は、後続のファンタジー作家に多大な影響を与えた。今では全く顧みられない『夜明け』をはじめとする現代小説は、完成させるのに数ヶ月も推敲を重ねるのが普通であったが、評判となった秘境小説の大半は、数週間という驚異的な速度で書かれたものが多い。『洞窟の女王 "She: A History of Adventure
エリアノーラ・メアリー・ダヌタン『ベルギー公使夫人の明治日記』
長岡祥三訳、中央公論社、1992年
作品の特質
ハガードの作った2大キャラクターは探検家、アラン・クォーターメンと不死の女王、アッシャである。『二人の女王』では死なせてしまったアラン・クォーターメンに読者の抗議が殺到し、その要望に応えるために回想という形をとって復活させたりしている。[5]なお、アラン・クォーターメンの名は幼少の折りブランドナムの領地に暮らしていた気のいい農夫一家の名から採ったものだということである。
ハガードファンが最も愛好する作品が、アッシャが初登場した『洞窟の女王』であるが、二度目に登場するのは『女王の復活"Ayesha;The Return of She"』で、十八年後の執筆であった。
作品リスト
The Witche's Head(1884)
『ソロモン王の洞窟』(King Solomon's Mines, 1885)
『ソロモン王の宝窟』伊藤礼訳 筑摩書房(世界ロマン文庫)1970年、再版1978年
『ソロモン王の洞窟』大久保康雄訳 東京創元社(創元推理文庫)1972年
他に『ソロモンの洞窟』『ソロモンの宝窟』『大宝窟』の訳題あり
『洞窟の女王』(She: A History of Adventure, 1887)
大久保康雄訳 東京創元社(創元推理文庫)1974年
『二人の女王』(Allan Quatermain ,1887)
『二人女王』 菊池幽芳訳 春陽堂
大久保康雄訳 東京創元社(創元推理文庫)1975年
『アランの妻』(Allan's Wife; and Other Tales ,1887)
「アランの妻」『マイワの復讐・アランの妻』大久保康雄訳 東京創元社(世界大ロマン全集)
『マイワの復讐』(Maiwa's Revenge ,1888)
「マイワの復讐」『マイワの復讐・アランの妻』大久保康雄訳
『クレオパトラ』(Cleopatra ,1889)
森下弓子訳 東京創元社(創元推理文庫)1985年
The World's Desire(1890)- アンドルー・ラングとの共著
Eric Brighteyes(1891)
『モンテズマの娘』(Montezuma's Daughter, 1893)
大久保康雄訳 東京創元社(世界大ロマン全集)
Allan the Hunter: A Tale of Three Lions(1898)
Black Heart and White Heart; and Other Stories(1900)
『女王の復活』(Ayesha The Return of She, 1905)
細越夏村訳『怪奇小説 神通の女王』 大学館
大久保康雄訳 東京創元社(創元推理文庫)1977年
『黄金の守護精霊』(Benita An African Romance, 1906)
菊池光訳 東京創元社(創元推理文庫)1982年
The Morning Star(1910)
Marie(1912)
Child of Storm(1912)