プロメテア
[Wikipedia|▼Menu]
十分な力をつけたソフィーは親友ステーシアに現世の責務を託し、バーバラを助けるためその後を追ってカロンの渡しに乗る[7]

カバラの宇宙地図である生命の樹を巡る旅が始まった。第10のセフィラ、すなわち物質界を後にしたソフィーは、人類の集合的無意識を表す第9セフィラで死者たちの影に交じって過ごしていたバーバラを見つけ、より高みに向かう[8]。知性を司る第8セフィラでは守護神ヘルメースや偉大な魔術師たちから教えを受け[9]、感情を象徴する第7セフィラでは愛を追体験する[10]。真の自己と出会う場所である第6セフィラでは、バーバラ自身の本質である守護天使ブーブーを仲間に加え、神話のバルドルアッティスキリストらの再誕を目撃する[11]。闘争と審判の第5セフィラに足を踏み入れたとき、生命の樹の対極であるクリフォトに引き込まれて魔王アスモデウスと対峙するが、闘争心を抑えて悪の性質を理解することで元の旅路に戻る[12]。「父祖の国」第4セフィラには、数々の天空神と並んで、オリジナルのプロメテアの父親や、ソフィーが幼いころに別れた父フアンが待っていた[13]。秘められた知識を象徴する番外のセフィラを通ってたどり着いた[14]第3セフィラは最高位の女性原理を象徴する場所だった。ソフィーは母神ベイバロン聖母マリアによって世界の終末をもたらす使命を告げられる[15]。最高位の男性原理を象徴する第2セフィラでは、パーンセレーネーの交わりを眺めて世界の絶頂を体験し、黙示の意味を理解する[16]。生命の樹の頂上、最後のセフィラにおいて、すべてを包む白い光の中でバーバラとスティーヴはめぐり合い、生命の樹の頂点から現実界まで一気に飛び降りて男女の双子として転生する[17]
第3巻

現世に帰還したソフィーだったが、彼女の不在を守っていたステーシアがプロメテアの座を明け渡すことを拒み、戦いを挑んでくる。ソフィーは戦いの中で、世界を終わらせるプロメテアとしての責務の重さを意識する[18]。一方、長年にわたってプロメテアの存在を追ってきたFBIは、世界の終末に関する〈寺院〉の教義を知り、ソフィーを危険視する。FBIの特殊部隊が家に突入する寸前、ソフィーは母によって窓の外に逃がされる[19]

3年が経ち、ソフィーは自らの責務から逃れてひっそりと暮らしていた。しかし、FBIの追跡によりプロメテアに変身することを余儀なくされ、それにより黙示録の使命が発動する[20]。ニューヨークを皮切りに時間の流れが狂い始め、人々の現実感覚は失われていき、想像界が地上を覆いつくす[21]。審判と携挙の時が訪れる。象徴的な暗い部屋で暖炉の前に座るプロメテアは、一人ずつ歩み入る人間たちを迎え、手を取ってささやきかける。この物語を読んでいた者もその一人である。フィクションと現実、地上のものと聖なるもの、自己と世界の境界が失われていく[22][23]

アポカリプスは過ぎ去り、人々は新しい世界で目を覚ます[24]
制作背景
背景

作者アラン・ムーアのスーパーヒーロージャンルでの活動は大きく二期に分けられるが、本作は第二期の最後を飾る作品となった[25][26]

ムーアは1980年代にスーパーヒーローを現代的に再定義する傑作『マーベルマン(英語版)』や『ウォッチメン』でスターダムにのし上がった。これらの作品では、かつて牧歌的な勧善懲悪の世界に生きていたヒーローがリアルな現実の中に投げ出され、個人を抑圧する大企業文化や[27]冷戦下における核の脅威に直面する[28]。ムーアや同時期のフランク・ミラーの影響は大きく、ヒーロー作品を中心とするメインストリーム・コミック界全体にリビジョニズムの流れが生まれ[29]、ダークで殺伐としたヒーローコミックが量産されていった。しかしこの成り行きはムーアの本意ではなかった[30]。後年のインタビューでは「ウォッチメンがあんな風にメインストリームに取り込まれたのは失望だった … あれはコミックを解放するはずだったのに」と述べている。自作が刺激となってコミック界の伝統を破る新しい作品が現れることを期待していたが、実際には無垢な想像力の世界が「残酷と神経症」の中に押し込められただけだったという[31]。ムーアはメインストリーム・コミックの低質化、ストーリー軽視、安易な暴力賛美を舌鋒鋭く批判するようになった[32]。1989年に作品の権利レイティングを巡って版元DCコミックスと絶縁すると[33]、メインストリーム界と距離を置いて小出版社でジャンルの異なる作品を開拓していった[32][34]

しかし1990年代半ばに至って、閉鎖的なファン層を基盤としていたメインストリーム・コミックのバブルが崩壊し、小売店・流通・出版社すべてが打撃を受けると、ムーアもマーケットの沈没を座視できない思いに駆られた[28]。ムーアは新興のメインストリーム系出版社イメージ・コミックスで既成作品の立て直しをしばらく請け負った後に、自身が全面的に執筆する新レーベルの立ち上げを計画した。アメリカズ・ベスト・コミックス(ABC)と名付けられた作品ラインはジム・リーのワイルドストーム(英語版)から刊行される予定だったが、同社は発刊直前にDCコミックスに買収された。メジャーなコミック出版社とは縁を切ったつもりだったムーアにとって不本意ながら、ABCはDC傘下のインプリントとして始動することになった[28][35]。ムーアがABCでやろうとしたのは、スーパーマンがデビューした1930年代より前の時代からエッセンスを抽出して現代的な感覚を加えることで、まったく新しいヒーロー像を提示するというものだった[28]。ABCラインで発表されたタイトルには本作のほか、パルプ時代のヒーロー「ドック・サヴェジ」のオマージュである『トム・ストロング(英語版)』や、ヴィクトリア朝時代のキャラクターを用いた『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』などがあった。しかしそれらがジャンル・フィクションを再構築する知的遊戯という面を持っていたのに対し、『プロメテア』はムーアの個人的信条が色濃く出た作品であった[36][37]
制作過程音楽イベントで詩を朗読する作者アラン・ムーア(2011年)[38]。『プロメテア』の語りのスタイルには、この種の朗読パフォーマンスの要素が取り入れられている[39]


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:216 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef