ブロワ条約_(1504年)
□記事を途中から表示しています
[最初から表示]
ブロワ条約(ブロワじょうやく、フランス語: Traite de Blois)、または第一次ブロワ条約(だいいちじブロワじょうやく、英語: First Treaty of Blois[1])は、1504年9月22日にブロワで締結された、フランス王ルイ12世と神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世、およびその息子のフィリップ大公(後の神聖ローマ皇帝カール5世の父)の間の条約[2]。条約はクロード・ド・フランスとカールの結婚を定め、クロードの持参金にブルターニュ、ブルゴーニュ、ブロワを定めた[3]。フランスとスペインはまたナポリ王国をカールに与えた。しかし、クロードがアングレーム伯フランソワと婚約し、条約は破綻した。というのも、条約の政略結婚に前向きだったのが、ブルターニュ女公アンヌ・ド・ブルターニュただ一人だったからである(政略結婚が成功すると、ブルターニュ公領はフランス王領にならない)[4]。
脚注^ Kitchin, George William. A History of France. Vol. 2. Clarendon Press, 1896, p. 155.
^ Mowat, R.B. A History of European Diplomacy, 1451-1789. Longmans, Green & Co., 1928, p. 32.
^ ⇒Encyclopadia Britannica
^ Smedley, Edward. The history of France: from the final partition of the empire of Charlemagne, A.D. 843, to the peace of Cambray, A.D. 1529. Vol. 1. Baldwin, 1836, p. 475
関連項目
第二次イタリア戦争
記事の検索おまかせリスト▼オプションを表示暇つぶしWikipedia
Size:4214 Bytes
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
担当:undef