ブレイクスルー感染
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患者は年齢を重ねるごとに、免疫システムに一連の変化が起こり、そのプロセスは免疫老化(英語版)と呼ばれる[19]。この変化の中で特筆すべきは、ナイーブT細胞ナイーブB細胞の生産量が減少することである[20]。ナイーブなリンパ球(T細胞およびB細胞)の減少は、造血幹細胞(HSC)のテロメアが時間の経過と共に短縮し、HSCの増殖およびリンパ系前駆細胞の産生が制限されることに起因している[19][20]。これは、時間の経過と共に、造血幹細胞がリンパ球系前駆細胞よりも骨髄系前駆細胞の産生を好む傾向があるという事実によって、更に悪化する[20]。また、成熟したリンパ球は無限に増殖することができない[19]。このように、ナイーブなリンパ球の減少と成熟したリンパ球の増殖能力の制限が複合的に作用して、ワクチンに含まれる病原体に反応するリンパ球の数や種類が限られてしまうのである[20]

実際、インフルエンザワクチン、三種混合ワクチン肺炎球菌ワクチン等のワクチンは、65歳以上の成人では効果が低いといわれている[20][21]。それでもCDCは、高齢者がインフルエンザに感染することは特に危険であり、ワクチンによってインフルエンザウイルスに対する少なくとも中程度の免疫が得られることから、インフルエンザワクチンの接種を推奨している[21]
抗体による干渉

乳児における母親の移行抗体の存在は、不活化ワクチン弱毒化ワクチンサブユニットワクチンの有効性を低下させる[22]。移行抗体は、ワクチン接種でウイルスが産生したタンパク質上のエピトープに結合する。母体の抗体がウイルスのタンパク質を認識することで、ウイルスが中和される[23]。更に移行抗体は、乳児のB細胞上のB細胞受容体が抗原に結合するより先に抗原を中和してしまうので、乳児の免疫系は高度に活性化されず、乳児が産生する抗体の数も少なくなる[10][22]

B細胞が病原体に結合したとしても、免疫反応は抑制される。B細胞受容体が抗原に結合し、同時にFc受容体が移行抗体に結合すると、Fc受容体がB細胞受容体に信号を送り、細胞分裂を抑制する[23]。乳児の免疫系が刺激されず、B細胞の分裂が抑制されるため、記憶B細胞はほとんど作られない。記憶B細胞のレベルは、病原体に対する乳児の生涯に亘る抵抗力を確保するのに充分ではない[22][23]

ほとんどの乳児では、母体の抗体は生後12?15ヶ月で消失するため、この時期以外に接種したワクチンが母体の抗体の干渉を受けて損なわれることはない[10]
記憶B細胞の寿命

ワクチンを接種すると、患者の免疫システムが起動し、記憶B細胞が特異的な抗体反応を記憶する[10]。これらの細胞は、病原体の感染が解除された後も血中を循環している。記憶B細胞を含むリンパ球は、細胞分裂の度に遺伝子のテロメアが縮退するため、無限に増殖することはできない[19]。通常、細胞は数十年生存するが、刺激を受けたワクチンの種類やワクチンの投与量によって、この細胞の寿命にはばらつきがある[23]。記憶B細胞の寿命に差が生じる理由は、現在のところ不明である。しかし、記憶B細胞の寿命の違いは、病原体が体内に感染する速度と、それに応じて、ワクチンに含まれる病原体に対する免疫反応に関与する細胞の数と種類に起因するという仮説が提唱されている[24]
ウイルスの変異

ワクチンを接種すると、免疫系はウイルスやウイルスが作り出したタンパク質の特定の部分(エピトープ)を認識する抗体を産生する。しかし、ウイルスは時間の経過と共に遺伝子変異を起こし、ウイルスタンパク質の立体構造に影響を与える[25]。抗体が認識する部位にこのような変異が生じると、抗体の結合が阻害され、免疫反応が抑制される[26]。この現象は抗原連続変異(抗原ドリフト)と呼ばれている。B型肝炎やおたふく風邪などのブレイクスルー感染は、抗原連続変異の影響を受けているといわれている[15][17]
他の成因
ワクチンの品質と投与方法

ワクチンは、投与時に品質が悪いと、免疫が得られないことがある。ワクチンは、不適切な温度で保管されたり、使用期限を過ぎたりすると効力を失う[27]。同様に、免疫を確保するためには、ワクチンの適切な投与量が不可欠である。ワクチンの投与量は、患者の年齢や体重などの要因によって異なる[27]。これらの要因を考慮していないと、患者が誤った量のワクチンを接種されることになる。推奨されている量よりも少ない量のワクチンを接種した患者は、ワクチンに対する充分な免疫反応が得られず、免疫を確保することができない[23]

ワクチンが有効であるためには、患者が獲得免疫を通じてワクチン内の病原体に反応し、その反応が患者の免疫学的記憶に保存されなければならない[10]適応免疫反応を活性化することなく、液性免疫によって病原体を中和し、排除することも可能である[10]。病原性の弱い株や少ない株を使用したワクチンは、投与時の品質が悪い場合など、主に液性反応を惹起する可能性があり、その場合、将来の免疫を確保することができない[10]
出典[脚注の使い方]^ “「ワクチン接種後のブレークスルー感染」 なぜワクチンと感染予防対策の両方が必要なのか”. 厚生労働省 (2021年8月27日). 2021年10月2日閲覧。
^ “Factsheet for health professionals” (英語). ecdc.europa.eu. 2017年2月24日時点の ⇒オリジナルよりアーカイブ。2017年2月24日閲覧。
^ “Chickenpox 。Clinical Overview 。Varicella 。CDC” (英語). www.cdc.gov. 2017年2月24日閲覧。
^ “Use of Antivirals | Health Professionals | Seasonal Influenza (Flu)” (英語). www.cdc.gov. 2017年2月24日閲覧。
^ a b c d “Chickenpox (Varicella)”. Center for Disease Control and Prevention (2016年7月1日). 2021年6月9日閲覧。
^ “打ち抜き感染 (Breakthrough infection) として発症した侵襲性ムーコル症の1剖検例”. 学術コンテンツサービス サポート. 2021年6月9日閲覧。
^ https://www.sankeibiz.jp/econome/amp/210803/ecb2108030602001-a.htm
^ Osterholm, Michael T; Kelley, Nicholas S; Sommer, Alfred; Belongia, Edward A (2012). “Efficacy and effectiveness of influenza vaccines: a systematic review and meta-analysis”. The Lancet Infectious Diseases 12 (1): 36?44. doi:10.1016/s1473-3099(11)70295-x. .mw-parser-output cite.citation{font-style:inherit;word-wrap:break-word}.mw-parser-output .citation q{quotes:"\"""\"""'""'"}.mw-parser-output .citation.cs-ja1 q,.mw-parser-output .citation.cs-ja2 q{quotes:"「""」""『""』"}.mw-parser-output .citation:target{background-color:rgba(0,127,255,0.133)}.mw-parser-output .id-lock-free a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-free a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/65/Lock-green.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-limited a,.mw-parser-output .id-lock-registration a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-limited a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-registration a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d6/Lock-gray-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-subscription a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-subscription a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/aa/Lock-red-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-ws-icon a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4c/Wikisource-logo.svg")right 0.1em center/12px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-code{color:inherit;background:inherit;border:none;padding:inherit}.mw-parser-output .cs1-hidden-error{display:none;color:#d33}.mw-parser-output .cs1-visible-error{color:#d33}.mw-parser-output .cs1-maint{display:none;color:#3a3;margin-left:0.3em}.mw-parser-output .cs1-format{font-size:95%}.mw-parser-output .cs1-kern-left{padding-left:0.2em}.mw-parser-output .cs1-kern-right{padding-right:0.2em}.mw-parser-output .citation .mw-selflink{font-weight:inherit}PMID 22032844. 


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