ヨーロッパの中央部にあり、各大国から近く交通の要衝にある上に小国の首都であるブリュッセルには、ヨーロッパ全域にまたがる国際機関の本部が多く置かれている。中でも最も重要なものは、欧州連合の諸機関である。欧州委員会はブリュッセルにあるベルレモン庁舎その他の市内の庁舎に、欧州連合理事会事務局は同じくブリュッセル、ベルレモンの向かいにあるユストゥス・リプシウス庁舎に置かれている。欧州議会の本会議は本部のあるストラスブールで開かれるが、ブリュッセルにも1989年にエスパース・レオポルド会議場が建設され、欧州連合諸機関との連携がとりやすいことから現在では欧州議会の会議の4分の3がブリュッセルで開かれている。欧州連合に明示的な本部の指定はないが、こうしたことからブリュッセルは事実上の欧州連合本部所在地とされている。ブリュッセルで働く欧州連合職員の数は、30,520人に上る[31]。
ブリュッセルに欧州連合の施設が多く立地するのは、その前身である欧州原子力共同体の本部や欧州経済共同体の多くの施設がブリュッセルに置かれていたからである。これに欧州石炭鉄鋼共同体を加えた3機構が1967年7月1日にブリュッセル条約によって統合され、欧州諸共同体体制が発足。このときに各委員会の部局がブリュッセルに置かれることとなり、1969年にはそれを収容するためにベルレモンビルも建設された。
北大西洋条約機構 (NATO) の本部もブリュッセルにある。これは、1966年にフランスのシャルル・ド・ゴール大統領がNATOからの脱退を宣言し、それまで本部のあったパリからの移転を余儀なくされたNATOをベルギー政府が誘致したものである。現在、本部はブリュッセルの北部にあるエヴェレ地区におかれている。また、ベネルクス経済連合やコインブラ・グループ (Coimbra Group)(ヨーロッパの大学連盟)の本部もブリュッセルに存在する。
日本は欧州連合にもNATOにも加盟していないが、政府代表部をブリュッセルに置いている。またアメリカ合衆国通商代表部の事務所が置かれている。
ユーロクリアと国際銀行間通信協会に加え、ロスチャイルド系グループ・ブリュッセル・ランバート本部とソフィナ(英語版、フランス語版)[注釈 1]本部まで抱える[注釈 2]。
16世紀より欧州郵便網(帝国郵便)の起点であった歴史を持つ。1893年、フレンチ・コロニアル・ユニオンのジョゼフ・シェレが国際植民地学院[注釈 3]の設立を提唱し、翌年に議会の承認を得た。学院は、植民地の行政・法制を比較研究する目的でブリュッセルにおかれた[注釈 4]。 ブリュッセルは世界有数の美食の都として知られ、特にグラン=プラスの北側にあるイロ・サクレ地区には多数のレストランが集まり、地元住民や観光客が多く訪れる。 また、ブリュッセルはベルギー・チョコレートの中心でもあり、ノイハウス
食文化
見所グラン=プラスギャルリー・サン・チュベール小便小僧
グラン=プラス (Grand Place):世界遺産に登録されている。
王の家 (Maison du Roi)
市庁舎 (Hotel de Ville)
小便小僧 (Manneken Pis):1619年にジェローム・デュケノワ (Jerome Duquesnoy) によって制作された。毎日さまざまな衣装に着替える。
小便少女 (Jeanneke Pis)
ヨーロッパの像 (Statue of Europe (Unity in Peace)):フランスの彫刻家 Bernard Romain によって制作。 ⇒[1]
王立モネ劇場 (De Munt La Monnaie):1700年に創立されたオペラ劇場。造幣局の跡地に建設されたためこの名(Monnaie=お金)が付けられた。