フロム・ヘル
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そこには19世紀末当時に描かれた報道画の粗い画風を再現する意図があった[3]。第2章と第10章では、リネンのような質感の紙に黒インクで描いた上から白クレヨンでぼかしを入れることで20世紀初頭の風刺漫画に似せる試みがなされた[173]。これらのアートは煤けて陰鬱なヴィクトリア朝ロンドンの雰囲気を見事に醸出しており[78]風間賢二は「十九世紀末ロンドンの煤煙とブロードサイド(英語版)のインクとで描いたような、映画のストーリー・ボードを思わせるスケッチ風のミニマルな絵」と表現している[174]。いくつかのシーンでは、粗い描線で描かれた貧民街のコマの間に、柔らかくぼかしたタッチの上流生活が差し挟まれ、効果的な対比を作り出している[81]。2018年のカラー版シリーズでも、オリジナルの質感を崩さないように19世紀末の印刷物に近い沈んだ色合いが用いられた。鮮明な赤だけがその例外だった[78]

ムーアは共作者キャンベルの貢献を高く評価しており、一見ラフな描線によって人間の感覚的な経験を自然に写し取る作風が題材に合っていたという[107][117]。ムーアによると、本書で描かれるのは扇情的なホラーコミックの世界ではなく、日常と地続きだと信じられるリアルな世界である[107]。感情に訴えず、平静な視点からの描写に徹するのはキャンベルのモットーでもあった[124]。読者に恐怖を与えるべきシーンでも、キャンベルは大げさな視覚的演出を用いず、事実を事務的に伝えるかのように描写する。「それがありふれた行為だという感覚」は、残虐行為の恐ろしさをはるかに純粋に感じさせることになる[117]
社会的評価
受賞

『フロム・ヘル』はアイズナー賞を複数回受賞している。部門は最優秀定期刊行作品(1993年)、最優秀原作者(1995年、1996年、1997年)、最優秀グラフィック・アルバム(再刊)(2000年)である。コミックブックシリーズは1995年にハーヴェイ賞と国際ホラーギルド賞(英語版)を受賞している[119][175][176]。1997年にはスモール・プレス・エキスポ(英語版)でイグナッツ賞を受けた[177]。同年に『コミックス・バイヤーズ・ガイド(英語版)』誌の読者選出賞でリミテッド・シリーズ部門の最多得票を獲得し、2000年には単行本が再刊グラフィックノベル部門を受賞している[81]。2001年アングレーム国際漫画祭では、エディショ・デルクール(フランス語版)から刊行されたフランス語版が「批評家賞(フランス語版)」を受けた[178]
原語版

ファンや批評家の間では『ウォッチメン』などと並んでアラン・ムーアの代表作とみなされており[39][137][179]、最高傑作に挙げられることも多い[93][180][181][182]。『コミックス・ジャーナル』誌は本作をムーアの「もっとも完成され、もっとも野心的な」作品と呼んだ[142]

アメリカのコミック界では、本作がコミックメディアによる表現を大きく広げたという評価がある。研究者チャールズ・ハットフィールドらは[183]、「グラフィックノベルの可能性を示すプロトタイプとなった」「誰もが知るランドマーク的作品」と述べ、2000年前後を代表する傑作だとした[184]。グレッグ・カーペンターは本作が「コミックメディアに限界がないことを示した」と書いている[180]。ベン・ディクソンは「コミックメディアを定義する作品の一つ」と呼んだ[185]。ウェブマガジン『スレート(英語版)』はコミック史における本作の位置づけを映画『市民ケーン』に例え、大人向けのコミック作品が一種のブームになった90年代においても重層性と革新性は突出していたと評した[78]風間賢二は「グラフィックノベル」を一般のアメリカン・コミックと異なる文学的なものと説明し、本作をその区分の「代表作にして、今日までの最高傑作」とした[174]


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