1888年の切り裂きジャック事件の前後に実際にあった類似の事件は、歴史を貫いて螺旋的に配置された一連の四次元構造だとされた。その始めは、ちょうど100年前の1788年に「ロンドン・モンスター(英語版)」と呼ばれる人物が数多くの女性を刺傷した事件だった。切り裂きジャック事件の50年後、1938年にはカナダのハリファックスで架空の通り魔「ハリファックス・スラッシャー(英語版)」に関する集団ヒステリー事件があった。その25年後、1965年にはイギリスのサドルワース・ムーアでイアン・ブレイディらが数名の未成年を殺害するムーアズ殺人事件が起きた。その12年後、1975年には「ヨークシャー・リッパー」ことピーター・サトクリフが売春婦を次々に殺害した[63]。 本編と異なり、メタ的な観点から描かれた24ページのコミック[64]。大勢の「リッパロロジスト(切り裂きジャック研究家)」が補虫網を振り回してカモメを捕えようとしている象徴的なコマで始まる[65]。「カモメ = gull」は主人公ガルを指すだけでなく、「愚か者、でっち上げ、詐欺師、ミスリード」という意味も込められている[65]。ここで俎上に載せられているのは事件そのものというより「ジャックに映し出された我らのヒステリー」であり[64]、作者のムーア自身も冷笑を免れていない[3][66][67]。結末にはリッパロロジストと執筆当時のロンドン再開発がいずれも歴史上の悲劇を搾取していることを風刺するシーンが描かれている[37]。 この作品では、20世紀全体にわたって多数刊行された「切り裂きジャック事件の真相」と称する文献を通覧することで、事件についてただ一つの真実を得るのは不可能だという考えが示されている。史料調査によって新事実を明らかにしようとする試みはフラクタル図形を無限に細密化することに[3]、様々な説が争い合って歴史が形成される様子はダーウィン的闘争に例えられた[68]。 1980年代に『ウォッチメン』などでスーパーヒーローコミックを新しいレベルに押し上げたアラン・ムーアは、作品内容への制約や著作権の問題でDCコミックスと袂を分かち、ブームに沸くメインストリーム界に背を向けて、独立系出版社でアート志向の作品に取り組み始めた[69][70][71]。1988年から1989年にかけて構想された長編には『フロム・ヘル』のほか、フラクタル数学と社会派リアリズムを組み合わせた『ビッグナンバーズ
突き刺し魔「ロンドン・モンスター」の目撃談を元に描かれたアイザック・クルックシャンク(英語版)の作品(1790年)。
ウィリアム・ブレイクが降霊会で描いたスケッチを元に制作された『蚤の幽霊』(1819年)。
ジョン・テニエルが『パンチ』誌に発表した切り裂きジャック事件の諷刺画(1888年)。
補遺II「カモメ捕りのダンス」
制作背景
背景と刊行の経緯
原語版